もう少しだけ


古い書庫に続くこの廊下は老朽化のせいで床が軋み不気味な音を立てる。
今度ここを改装するとか言ってたっけ。獄卒もここは怖くて来たがらないのが多い。
この書庫も古いものばかり置いてあるから、滅多に人は来ないところだ。そんな廊下の外に続く階段に腰を下ろした。

くしゃくしゃになった紙を開く。そこにはどう見ても辞令の文字。
このまま大人しく従うか、プライドを捨てて撤回してもらうか…。
鬼灯さんの顔を思い出したら何も考えられなくなって、再びその紙は手の中で握りつぶされた。

「どうしよう…」

呟いても何の解決策にはならない。しかしその言葉に反応したのは私の上司だった。
誰も来ないからここにいるのに、なんであんたがここに来るんだ。
鬼灯さんは私の隣に腰を下ろすと私の顔を覗き込んだ。

「浮かない顔をしていますね」

阿鼻地獄じゃ不満ですか?なんてわざとらしく聞いてきて。
どうせ私の気持ちは全部見透かしているくせに。だから嫌なんだ。このろくでもない上司め。

「鬼灯さんは…」

文句を言いたくて口を開いたのに、どうもそうじゃないみたいだった。
どうにでもなればいい。今更失態のひとつやふたつ恥ずかしくない。

「私のこと嫌いになったんですか?」

あれ、私は何を聞いているんだ。ハッと気がついても遅くて、やっぱりどうでもいいと思った。
散々遊んできたものを手放す理由が知りたい。新しいのが手に入ったのかもしれないし、ただ単に飽きたのかもしれない。
いつもの涼しい顔を見ていると腹が立ってくる。
そうやって何食わぬ顔で突き放してきて。今までのやり取りは全部なんだったのかと文句だって言いたくなる。
視線を逸らしたら負けな様な気がして睨んでいれば、鬼灯さんは意外そうな顔をしながら私から視線を外し、廊下から見える景色をじっと見つめていた。
なんだかその横顔が楽しそうで気に食わない。

「どうでしょうね」

鬼灯さんは曖昧に誤魔化すように言う。それにまた心がチクリとした。
嫌いなら嫌いと言えばいいのに。そうやってじわりじわりと私の心をいたぶっていく。
絶対わざと言ってるよ。私が気づかないわけがない。だって、今の鬼灯さんの表情は私をからかうときのそれと一緒だもん。
こんなときでもこの上司はそれしか考えていない。

「どうしてそんなこと聞くんですか?私を嫌いなあなたがわざわざ」

そうやって「嫌い」を強調してくる辺りにイライラする。
どんどん私を追い詰めて言い出せなくする。無自覚なSほど怖いものはない。

「…もういいです。聞かなかったことにしてください」
「名前がそれでいいならそうしますけど」
「もう私に構わないでください!」

握り締めていたものを投げつける。鬼灯さんはそれを拾って広げた。
私は顔も見せられなくて、体育座りをするように顔を隠す。
鬼灯さんはその紙を懐に仕舞って立ち上がった。

「では、このまま手続きしますね」

返事も聞かずに足音が遠ざかっていく。
引き留めたくて、けれどそんな勇気もない。体は鉛のように重たくて言うことを聞かない。
いつの間にか溜まっていた悔しさが頬を濡らした。

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