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5

「あ…」


ふと目を覚ました善は、そこが自分の部屋のベッドだったことに気付きゆっくりと体を起こした。今何時だろうか。時計を見て夜中の一時すぎだと知り、自分が先ほど中途半端な片付けのまま気を失ったことに落胆する。そっとベッドを抜け出し、リビングを抜けてキッチンに行くとどこもかしこもきちんと後片付けがなされていることに善はため息をついた。ついでに、と水を一杯飲んで自分の来ている服を見る。
善は湊のパジャマを着ていた。


…最近、いつもそうだ…


初めの方は、放置されていた。でも、いつからだろうか。湊は、自分を激しく虐め倒し散々罵倒するも気を失うと必ず自分を風呂に入れて綺麗に後処理をし、ともすればその善の途中である仕事を片付けてしまうのだ。
そして、そういう時は必ずと言っていいほど湊のパジャマを着せられている。善は目が覚めた時にふわりと香るその湊の香りに、自分が湊に抱きしめられながら眠っているような錯覚に陥った。

空のグラスを置き、自室に戻る途中に湊の部屋の前でぴたりと足を止める。

…いつからだろうか。自分が、湊の行為に嫌悪ではない慕情を抱くようになってしまったのは。


そっと湊の部屋の扉に体を預け、扉一枚向こうにいる湊を思う。


いつからだろうか。湊がその冷たい目の奥に熱を持ちながら自分を見つめるようになったのは。
その目で見つめられるたび、善はひどく勘違いをする。まるで自分が湊に求められているかのように。

湊は、善を玩具にしてしばらくしてから今日のようによく女を連れてくるようになった。そして自分の前でその子にとても優しく甘く触れる。それを目の当たりにするたび善はずきずきと胸が痛む。そして女が帰った後、湊はまるでタガが外れたかのように自分をひどく抱くのだ。

「…みなと、くん…」

冷たいままで、いて欲しかった。いつか飽きて捨てられるのだと、それを希望にできるような扱いのままでいてくれればよかったのに。


善はそっと扉に口づけると、自分の想いに蓋をして静かに自室のベッドに潜り込んだ。



翌日、湊が学校に行っている間に珍しく社長から連絡があった。仕事で使う書類でどうしても善の目に通しておかなければならないものがあったので見てほしいとのことだった。雇い主である湊の両親にはそちらに自分が行くことは了承済みで玄関先ですぐに目を通してほしい、一枚だけなので時間は取らせないからと言われマンションにやってきた社長を迎える。社長と直接会うのは久しぶりだ。

「よう、元気か?」

屈託のない笑顔を向けられほっとして自分も頬が緩む。この社長は若手ながら敏腕でとてもしっかりしている方だ。自分が会社の面接に行った時もこんななりの自分を落とすどころかきちんと話を聞いてくれて『お前なら大丈夫』と背中を押してくれた。今の自分があるのもこの社長のおかげなのだ。

「秋吉様からはいつもお褒めの言葉を頂くぞ。息子さんがお前の事をとても褒めるそうだ。ずっとこのまま働いてほしいと一生雇用契約にしたいと仰られているそうだがどうだ?」
「え…」

社長の言葉に目の前が真っ白になった。一生?このまま、自分は湊の玩具のままで?

「…ふ…っ」
「おい、善?」

その言葉に、善はぽろぽろと涙を溢れさせた。湊はどれだけ残酷なんだろう。善には選択肢などない。決して断ることのできない申し出。自分はもう逃げられないのだと思うと涙が止まらなかった。

「どうした?何があった?ここの仕事が嫌なのか…?なら無理せずに断ればいいんだぞ。すまなかった、相手先さまからはお前に対しての高評価しかもらわなかったからてっきり上手くいってるのだと…」


「…なにしてやがる」


涙を流す善を優しく抱きしめ、慰める社長の後ろから冷たく低い声が響く。聞き覚えのあるその声に慌てて顔を上げると、そこにはやはり湊が立っていた。

「あ…」

無表情に見つめる湊に、善の体ががくがくと震える。そんな善の様子に気付いた社長が湊に向かい頭を下げた。

「申し訳ございません。私松本の所属する会社社長を務めております山上と申します。本日社用のためこちらに伺わせていただいたのですが、どうも松本の様子が少しおかしく話を聞こうとしておりました。秋吉様に対し松本の方で何か不手際がございましたでしょうか?よろしければ本日このまま一時松本を引き揚げさせていただきますが…」
「…いや、いい。何もねえ。話は俺が聞くからお前は帰れ」

湊はずかずかと二人の間に割って入り、善の腕を掴むと同時に山上の鼻先でぴしゃりと扉を閉めた。恐らく鍵を掛けられたであろう。山上は一瞬驚いたがすぐに善の事を思いため息をついた。

「…ありゃあ大変だぞ。松本、ご愁傷さまだな」

なむ、と顔の前で両手を合わせ山上はその場を後にした。


「あ、秋吉さま…っ、うあ!」

ぐいぐいと腕を引かれ、湊の部屋に連れ込まれたかと思うとベッドに投げ飛ばされる。振り向くと同時に湊が覆いかぶさり、しゅるりとネクタイを解き善の手を縛り付けた。

「あ、あき…っ」
「湊、だ。善。いつもみたいに名前で呼べ。」
「み、みなと…っ、やあ!」

善が湊の名を口にすると、湊はするりと服の裾から手を入れて善の脇腹を撫でた。

「くそっ…、社長だと…!?馴れ馴れしく体を触らせやがって…!ああ、あれか。あいつも体を使って取り入って就職させてもらったのか。お前は男好きの淫乱だからな。そうなんだろ?え?」

湊の口から発せられた言葉に善はひゅ、と息をのんだ。そんな風に思われるだなんて。自分は別に男色だったわけじゃない。あんな行為は湊以外としたことなどない。善にとっての初めては全て湊に奪われたと言うのに。

「どうせ誰にヤられても喜ぶ…、って、おい…?」
「…っ、く…、ふ、うぅ…っ!」

善の体を撫でまわしながらさらに罵倒しようとして、善の様子がいつもと違うことに気付く。泣かせたことはいくらでもある。だが、今目の前で泣く姿は凌辱された時などの比ではない。本当に辛そうに、悲しそうに身を震わせて唇をキツク噛みしめるその姿に湊は動きを止めた。

「善…」

湊は思わず涙を流すその頬にそっと触れる。善はびくりと体を竦ませ、その手から逃れるかのようにかぶりを振った。

「も…っ、や、です…!」

そして、善は初めて心から湊を拒絶した。


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