10
「マヒロ、お帰りなさい」
玄関を開けると、すぐにエドが嬉しそうに野々宮に駆け寄ってきた。
「ああ、ただいま。」
ネクタイを緩めながら野々宮はエドの頭を軽く撫でる。そんな野々宮に、何かを感じたのかエドがじっと見つめてきた。
「…マヒロ?」
「…すまない。少し一人にしてくれないか…」
野々宮はエドを見ることなく、寝室へと向かった。
寝室に入ると、ベッドサイドの棚の引き出しを開けて一枚の写真を取り出した。
唐津の写真。
ひどく焦っていた時期に、自分より先に研究を完成させた者を調べた時に手に入れたものだ。
『俺も太陽に会いたくなっちまったなあ』
そう言った唐津の顔は、ひどく愛おしそうだった。愛するものを思う、切ない笑顔に野々宮は胸が痛んだ。
「唐津…」
ぽつりとつぶやいて、写真を胸に抱く。
「…カラツって、だれ?」
いつの間にきたのか、寝室の入り口にエドが立っていた。
見られた。
何故か野々宮は、ひどく狼狽えた。
「マヒロ、カラツって…」
「…お前には関係ない」
写真を棚に直し、わざと冷たく言い放ちベッドから立ち上がる。
エドの横をすり抜けようとした時、エドが野々宮に抱きついた。
「おいっ…」
「…マヒロ、マヒロ…!」
引きはがそうとするも、力いっぱいしがみつくエドをなかなか離すことができない。
「エド、離せ!」
「いやだ!」
エドが初めて、野々宮の言うことに逆らった。驚いて目を見開き、エドを見つめる。エドはそのきれいな顔を泣きそうに歪め、野々宮を見上げた。
「…マヒロ、僕を見て。お願い。僕、僕…」
「やめろ、エド。聞きたくない、離せ。」
聞いちゃいけない。聞いてしまえば最後、エドとはいられなくなる。エドの言葉を予想した野々宮は、エドを拒絶し無理やり部屋を出ようとする。
「やだ、聞いて!ぼく、マヒロが好きだ!」
叫ばれた言葉に、野々宮はひゅ、と息をのんだ。エドは必死に野々宮にしがみつき、野々宮から目をそらさない。
「…エド、お前は勘違いしてるんだよ。たまたま傷ついたときに優しくされて、そう思ってるだけだ。…それに、俺はお前に応えることはできない。俺は、唐津が…」
エドは聞きたくない、と言うように首を大きく左右に振った。
「…好き。マヒロが好き。勘違いなんかじゃないよ、本気だよ!確かに初めて会ったときは、優しいお兄ちゃんだなって思ってたくらいだった。でも、一晩一緒にいただけで、僕はマヒロに恋しちゃったんだよ。だから、離れたくなかった!一緒にいたかったんだ!勘違い、なんて言わないで。僕の気持ちを、嘘にしないで…」
ぽろぽろと、エドの目から涙がこぼれる。野々宮はひどく動揺した。違う。エドは、弟みたいで。日本にいるあいつらのようで、ほっとけなくて…。
「…だめだ、エド。俺は、唐津が好きなんだ。お前の事は…弟としか、思えない…」
自分で言ったその言葉に、なぜかずきりと胸が痛む。
エドは下を向いて唇を強く噛んでいた。力の入らなくなったその手を、そっと引きはがす。
「…今日は、研究所に泊まるから…」
野々宮は振り返らずに、部屋を出た。
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