カナリアは誰がために鳴く
※このお話は『ヘタレ王子と強がりカラス』に出てきた生徒会長、野々宮のお話です。
「じゃあな、マヒロ」
「ああ、また明日」
(…23時か…)
同僚に挨拶を交わし、コートの襟を立て寒い夜空の中、歩き出す。野々宮真尋、19才。とある学園においてカリスマと呼ばれた男は、卒業と同時にアメリカへと来ていた。
野々宮は、とても裕福な家庭の元に生まれた。大きな会社を持つ父親は、とても傲慢で自己中な男であった。そして、母も。二人は野々宮を会社を継ぐ道具としてしか見ていなかった。野々宮は幼いころから跡継ぎとして一日中机に縛られ、ありとあらゆる英才教育を受けさせられた。
『この世の中は、しょせん金だ。愛なんて信じない。』
野々宮は人の心など金や口先でどうとでもなる、どうにでもできると思っていた。人の好意など、嘘っぱちだ。
人は利用できるかできないか。それだけだ。
野々宮はクラスの人間を言葉巧みに操り、人の好意でさえ思いのままに操作した。自分の行動や言動一つで人をいじめたり、好きになったり、強くなったり弱くなったり。
「人間ってバカだな」
野々宮は人を信じることができなかった。
小学5年生のある日、野々宮は道の隅で泣いている一年生くらいの男の子を見つけた。膝から血を流している。こけたのだろうか。
だが、どうやらそうではなかったらしい。反対の道の向こう側に、泣いている男の子を指さして笑う子供たちがいる。
…いじめ、か
野々宮は指さして笑う集団の方へ歩み寄った。
「な、何だよお前!」
近づいてきた野々宮に怯えながら主犯格であろう男の子が強がって吠える。
「弱い犬ほどよく吠えるってね。君は本当は泣き虫なんだろう。自分がやられると怖いから自分がやられる前に人にやるんだよね。そういうやつは一人じゃ何もできないんだ。仲間がいないと何もできないんだよね。」
突然現れた野々宮に言われたことが図星だったのか、主犯格の男の子は顔を真っ赤にして泣きそうにしている。
あと、一押しだな。
とどめを刺して泣かしてやろう、と口を開いた野々宮の袖が、後ろからくいくいと引かれた。
何事かと振り向くと、先ほど泣いていた少年が涙をためたまま野々宮の袖を掴んでいた。
「なに」
野々宮の問いかけに、男の子はふるふると首を振る。
「…まさか、やめろって言うんじゃないだろうね?」
怪訝な顔で問いかけると、男の子はこくりと頷いた。
―――――ばかじゃないのか。
男の子の態度にイラついた野々宮は矛先をそちらに向けた。
「何言ってんの、お前こいつらにいじめられてたんだろ?なんで庇ってんの。やり返して何が悪いの。俺の何が間違ってんだよ!」
大声を出した野々宮にビビったのか、いじめていた奴らは走って逃げていった。だが、目の前の男の子はただただ首を振る。
「…あの子たち泣かしたら、お兄ちゃんが一緒になっちゃう。だからだめ」
男の子の言葉に、野々宮は衝撃を受けた。
確かに、関係のない自分があの子たちを泣かせたらあの子たちにとって野々宮はただのいじめっ子だ。自分がいじめられたというのに、この子はその仕返しを望むどころか野々宮がいじめっ子と同じになることを心配している。
「でも、ありがとうお兄ちゃん」
涙を浮かべながらにこりと笑う男の子に、野々宮は返事をしなかった。
偽善者め。そうやって恩を売っておこうと、自分がいい奴になろうとしてるだけなんだろう。
…どうせ、幸せな家庭で甘やかされて育ったに違いない。
どんな家なのか見てやろう。
野々宮は、自分の前から去っていく男の子の後をこっそりつけた。
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