イタリア一振


やわらかな日射しを、その美しい顔に受ける一期一振の姿が、西洋の絵画みたいだと思った。どこか神聖な感じがする。
まばたきをひとつして、彼はゆっくりと形のよい唇を開く。

「痛くはありませんでしたか?天国から落ちてきて……」

「え……?」

どうしよう。一期一振の様子がおかしい。
気遣わしげにわたしの顔を覗き込む彼が、何を言っているのかまったく理解できない。

「天国は雲の上、空の彼方にあるのだとお聞きしました。主がそちらからいらした天使だということも……」

「は、はあ……」

「このような場所へお一人で……さぞやお心細いでしょう」

「…………」

「私でよろしければいつでもご相談に乗ります」

「えっ、ちょ……」

真剣に語る一期一振は半ば強引にわたしの両手を握りしめた。手袋越しの体温があつい。

「どうかお一人で涙を流されないでください……」

「は、はあ……?」

いやわたし泣いてないんですが。どうしよう。どこから訂正すべきなの……。

「私はあなたのために存在しております」

違います。歴史修正主義者と戦うためです。
とにかく誤解をとかなくては……!

「あの、わたし天使なんかじゃ……」

「わかっております」

「よかった」

「知られてはならないのでしょう?ご安心ください。この一期一振、我が刀身に誓って他言はいたしませぬ」

声をひそめた一期一振は、訳知り顔で頷いた。
いや何もわかってないからね……!?

困惑するわたしを置いてけぼりにしたまま、一期一振が微笑む。優しい顔立ちに似合う表情だ。
それから彼は、わたしの額に口づけを一つ落として、満足そうに去っていってしまった。
ま、待って!誤解をとかせて……!




そんなことがあってから、一週間が経った。
一期一振は、あれきりわたしを天使と呼ぶことはなかった。だからきっと、あれは冗談だったのだろう。大真面目に冗談を言うのはやめてほしい。普段冗談を言わないからわかりにくい。

「主!」

「な、……ど、どうしたの……」

勢いよく開いた障子の音に驚いて振り向くと、一期一振が恐ろしい表情でこちらを見ていた。睨み付けているようにも見える。何かしてしまっただろうか……。

「天国へ帰ってしまわれるというのは本当ですか!?」

「え、……はあ?」

彼らしくなく、ばたばたと寄ってきてわたしの側に座った一期一振が必死の形相で言う。わたしは彼の言っていることに、ついていけない。

「たった一人きりで、このような場所で暮らされるのはお心細いでしょう……お寂しいでしょう……心中お察しします。けれど私は……!あなたを天国へ帰したくない……!」

捲し立てるように言葉を紡ぐと、なぜかとても焦っている様子の彼は、素早くわたしをその腕の中に閉じ込めた。
わけがわからない。

「えっごめん何の話?」

「え?」

「え?」

「……帰ってしまわれるのでは……ないのですか……?」

「わたしはどこにも行かないけど……」

「でも鶴丸殿が……」

一期一振に妙なことを吹き込んだのは鶴丸だったのか。あとで注意しておかないと。

「誰に何を言われたか知らないけど、わたしの故郷天国じゃないからね」

「そんなはずはありません!」

なんでだよ。本人がそうだって言ってんだろ。
なんでお前が否定するんだよ。違わないよ。

「かわいらしい女性は皆天使だと鶴丸殿が言っていました」

「へ、へえ……」

「だからかわいらしい女性は天使と呼ばねばならぬそうです」

「そ、そうなんだ……」

「つまり主は天使ですよね」

「ん……?いやごめん主は普通の人間だよ」

「主は天使です!」

「ハイ」

まずい。真剣な一期一振の勢いに押されて頷いてしまった。
それよりもこの刀剣、こんなに騙されやすくて大丈夫なのだろうか。主は心配です。
そんなわたしをよそに、一期一振は持論を展開し続ける。

「天使は天国で暮らしているのだと聞きました」

「はあ……そうなの……?」

「そして、いつか月の使者が迎えに来て天使を連れて帰ってしまうのだと……」

「きみそれ竹取物語と混ざってない?」

「言われてみれば似ていますね……」

顎に手を当てて考え込む一期一振。
がんばれ!答えは目の前にあるぞ!お前は騙されているんだ!さあ気付け!

「……とにかく、今日がその日と聞いたのです」

「違います」

わたしの期待もむなしく、考えることを諦めたらしい一期一振は凛々しい顔をしてみせた。
美形だから様になる。……のが、少し腹立たしい。
馬鹿みたいな話題で大真面目にキリッとするのはやめてほしい。

「では、いつですか?必ずお守りします」

「非常に言いにくいんだけど、本当にわたしは天使なんかじゃないのよ」

「? こんなにおかわいらしい主が天使でないわけがありません」

研ぎ澄まされた美貌にまっすぐ見つめられて、かわいらしいなんて言われると、照れてしまう。
真に受けちゃいけないと思っていても、頬が熱くなるのを止められなかった。

「あ、ありがと……でも本当に、神に誓って、ただの人間なの。主の言うこと信じて」

「…………嘘はついていないようですね……?」

「嘘なんてついてないよ」

「……?」

「……」

「…………」

「…………」

「……!!つ、鶴丸殿〜〜〜〜〜〜!!!!!」

不思議そうにしていた一期一振は、ようやく真相に気付いたらしい。
一瞬にして首筋まで赤くなり、目にも止まらぬ速さでどこかへ駆けていってしまった。
おそらく鶴丸のところだろう。
よかった。これで一件落着だ。

しかしその翌日、一期一振は「目の調子がおかしいんです。主と出会ってからずっとあなたしか見えない」などと言ってきた。
何を吹き込まれたのか知らないが、真っ赤になって照れるぐらいなら、言わなければいいと思う。
眼科にでも連れていけば目が覚めるだろうか。

20160121

一期一振「こういう風に口説くと主はイチコロだと鶴丸殿が言っていたので……」

ツイッターでお友達とうっかり開拓してしまったイタリア男一期一振です(?????)
一期一振いません!!!!!!!!!!!!!!!

[ 1/10 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -