幕恋ワンライ3

庭の掃除をしていて、なんとなく顔を上げた瞬間に遠くの沖田さんと目が合った。ちょっとうれしい。
沖田さんはにっこり笑うと、大きく手を振りながら近付いてきた。

「ねえ、あーんして」

彼は目の前に立つと、唐突にそう言った。
見上げた顔はいたずらっぽく笑っている。
…沖田さんがこういう顔してるときって、ろくなことないんだよなあ…。

「警戒しないで。ただのお饅頭だよ」

彼が掲げて見せたお饅頭は確かに普通に見える。でも、そのお饅頭に何か仕掛けられているのではないかと警戒してしまう。

「ちょっとからかいすぎたかなあ…ほら、普通のお饅頭だよ。僕を信じて」

困ったように言うと、お饅頭を半分かじって見せた。
白雪姫の毒りんごが頭に浮かんだけれど、沖田さんにそんな知恵が働くとも思えないし、きっと本当に普通のお饅頭なのだろう。

「信じてくれた?じゃあ、はい、あーん」

「え、あの、自分で食べれます…」

「えー、やらせてよぉ。君、かわいいから食べさせてあげたくなっちゃう」

か、かわいいって…どういう意味だろ…子どもっぽいって意味なのはわかってるけど少しだけ期待してしまう。

「ね、いいでしょ?はい、あーん」

言いながら沖田さんはわたしの口にお饅頭を押し付けてくる。
なんて強引な…。

「あ、あーん…」

「うん、よくできましたっ」

嬉しそうに笑って、沖田さんはわたしの口にお饅頭を放り込んだ指をぺろりと舐めた。

「えっ…えろい!」

「え?えろ…?」

「な、なんでもないです!えーっと、そう!うまい!って言ったんです!」

「もー、女の子なんだからうまいじゃなくておいしいって言わなきゃだめだよ」

「あ、あはは…」

今この瞬間ほど沖田さんが昔の人で良かったと思ったことはない。

「…ねえ、そんなおいしいお饅頭に秘密があるんですけど…聞きたい?」

沖田さんは声を低くして囁いた。
秘密と聞くとなんだかわくわくしてしまう。

「き、聞きたいです!」

「秘密にできる?絶対誰にも言っちゃだめだよ?」

「できます!約束します!」

「それじゃ、ゆびきりね」

沖田さんの長い指とわたしの指を絡めてゆびきりをした後、沖田さんがわたしの身長に合わせて腰をかがめた。
いつも見上げる沖田さんの顔が間近にあってどきどきする。

「あのね……」

沖田さんは、わたしの両肩に優しく手を添えて耳元に囁き始めた。
沖田さんがあまりに近くて、なんだか抱きしめられてるような錯覚も起こしてしまって、くらくらしてしまう。
正直、肩に添えられた手と耳にかかる吐息で秘密どころじゃない。
でも、ゆびきりしてしまった手前、必死で沖田さんの声に集中する。

「そのお饅頭には、惚れ薬が……」

「ええっ!?」

「ふふっ…というのは嘘で、」

「なんだ嘘か…よかったあ…」

「実はそのお饅頭、平助くんのなんです」

「…え?」

「もう食べちゃいましたよね?僕とはんぶんこして。」

「…はい」

「これで共犯者ですね」

顔は見えないけど沖田さんがどんな顔をしているかわかる。きっと意地悪そうな顔で笑ってるんだ。

「そんな…ひどい。沖田さん騙したんですか…?」

「騙される君が悪い」

「ひどい!」

「とにかく、絶対に誰にも言っちゃだめですよ。約束破ったら針千本飲ませますからね」

沖田さんはそう言いながら体を起こした。
見上げると、思った通り意地悪そうな顔をしている。

「二人だけの秘密ですよ」

念を押すように囁いて、沖田さんはとても美しく微笑んだ。
あんまり美しかったから、なんだか全部どうでもよくなって頷いてしまう。

「うん、いい子いい子」

満足げにわたしの頭を撫でる沖田さんが眩しい。
わたしは秘密のことも騙されたこともすっかり忘れて、この人がいつか子供扱いをやめてわたしを女の子……あわよくば、好きな女の子として扱ってくれたらいいのに、と思っていた。

20140620

平助に追いかけられるもよし、本当に惚れ薬入っててめろめろ(死語)になってしまうもよし。
とにかくどうにもならない。


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