ときめき不足なので稼働しません
久しぶりに、少し遠くまで出掛けようか。
昨日の夜、そう笑いかけられてすっごくすっごく嬉しかったのに、沖田さんときたら自分の言ったことを忘れてしまったらしい。
嘘でしょ?一晩しか経ってないのに!
月に照らされてあんなに素敵に見えた横顔が、一夜明けて日に照らされている今ではこんなに憎らしい。
彼の一挙一動に一喜一憂してるのはわたしだけで、彼はわたしのことなんて少しも気にかけてないみたい。
のんきに朝ごはんの話をする彼に、ついついへそを曲げてしまう。子供みたいって思うけど、止められない。
だって、デート楽しみにしてたのに!
「…………」
勢いをつけて沖田さんの肩に頭突きする。
見かけの割に鍛えられている彼の肩に跳ね返されそうになったけど、無理やり頭を押し付ける。
「いてて、急にどうしたの?」
彼が小さく笑って言う気配がする。
きっと少し困ったように優しく笑っているのだろう。見なくてもわかる。
「べつに!」
「何か、怒ってる?」
「べつに……」
威勢よくふてくされたくせに、優しい声を聞くと拗ねた気持ちがしぼんでいってしまって、思った以上に弱々しい声が出た。惚れた弱味だ。
「……」
彼の肩にくっつけた頬から微かな振動が伝わってきて、声がなくても彼が静かに笑っているのがわかった。
もう!こっちは真剣に怒ってるのに!
「ここから見るときみ、りすみたいですよ」
くすくす笑いながら言った沖田さんが、わたしの頬をつつく。
「もう!見ないで!」
「ええ……?」
「…………」
依然として拗ねるわたしの頬を、沖田さんはつついてみたり撫でてみたりしている。か、完全に遊ばれてる……。わたし、おもちゃじゃないんですけど。がっくりと肩を落とすわたしに気付いているのかいないのか、沖田さんが何か考えるような声を出す。
「うーん……きみがどうしてご機嫌ななめになっちゃったのか、僕にはわからないけれど……」
「…………」
わ、わからないの……!?
愕然としながら彼の言葉に耳を傾ける。
「どうしたらご機嫌直してくれますか?」
「…………」
どうしたらって、そんなの……遠くじゃなくていいからデートしてくれたらすぐに幸せになれるんだけど。
……とは、教えてあげない。
たった一晩で自分の言ったこと忘れちゃったんだから、責任取って今だけわたしに一人占めさせててよね!
「……」
肩から頭を離さないまま、彼の腕に両腕でぎゅっと抱きつく。
「あれ?今度は甘えんぼさんですか?」
からかうような声。子供だと思ってるんだ。わたしのこと!
「…………」
「……お話してくれないとわからないんですけど」
「……」
「……うーん……どうしたらお話してくれるのかな?」
「ときめき不足なので稼働しません」
「えっ?」
「ときめき不足なので稼働しません!」
「ときめき……?」
「ときめき!」
「ときめき……」
うーん……と、沖田さんは再び考え込んでしまった。
一晩でデートの約束を忘れてしまう彼に、ときめきを求めるなんてちょっと無謀な気もするけれど、デートできないならせめてときめきがほしい。
複雑な乙女心だ。
ぎゅっ、と一層強く彼の腕にしがみついた直後、それよりも強い力で引き剥がされてしまった。
驚いて見上げた彼が妙に真剣な面持ちで、目を奪われる。
「えっ……」
「僕は色恋沙汰には疎いので、自信はありませんが……」
「……?」
そっと頬に手を添えられて、彼の顔が近付いてくる。
えっ!ちょっと待って、これってもしかして……そ、そんな、わたしそんなつもりで言ったんじゃないのに……!どうしよう心の準備が……!
パニックになりながらぎゅううっと目を瞑って両手を握りしめたわたしの額に、柔らかい感触が落ちてくる。
「えっ……」
思わず額を押さえる。
えっ……で、でこちゅーとかどこで覚えたの沖田さん……色恋沙汰に疎いとか絶対嘘じゃん!
大人は嘘つきだ……!
「真っ赤になっちゃってかわいい」
そう言って笑う沖田さんこそ耳まで真っ赤だ。
大人のお兄さんなのにでこちゅーぐらいで真っ赤になっちゃうなんて……それも、自分からしたくせに。
色恋沙汰に疎いの、本当かも。
「と、ときめいた?」
言いながら、赤面したままなんとなく挙動不審になっている沖田さん。照れるぐらいならやらなきゃいいのに。
だけど、さっきまで拗ねていた気持ちは確かにきれいさっぱり消え去っていた。
「ときめいた!大好き!」
今度は正面から抱きつく。沖田さんは慌てたような声をあげて抱き締め返してくれた。
笑顔が見れてよかった、と安心したような呟きが聞こえて少し申し訳なくなる。
子供っぽく拗ねたりして、悪かったかな……。
「沖田さんあのね、」
「うん……?」
「拗ねてごめんね」
「いいよ」
ぽんぽん、と頭を撫でられてきゅんとする。
好き。……好き!
「でも、デートの約束忘れちゃう沖田さんも悪いんだからね!」
「でえと……?」
「昨日、お出かけしようって言ってたじゃん!」
「お出かけ?……あっ」
あっ、じゃないよ!あっ、じゃ!やっぱり忘れてたんだ!もう!食べ物のことと剣のことしか考えてないんだから!
次忘れたら許してあげない!
……なんて思ってるけど、きっと次もほんの少しのときめきで許してしまうのだろう。
惚れた弱味には抗えない。
20190501 (00:47)
タイトル:確かに恋だった様よりお借りしています!
久しぶり(年単位)の新作です!
本当は平成最後に投稿しようと思ってたので、平成から令和にかけて書いてました。
平成ありがとう幕恋、これからも大好きです。
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[mokuji]
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