幕恋百花繚乱 春
視界が鮮やかなピンクで染まった。
「……?」
「これ、どうぞ」
目の前に現れたピンクが下へ下がり、沖田さんの笑顔が現れた。
相変わらず神出鬼没な人だ。
「知っていますか?海の向こう、遠い異国の地では男性が女性に花を贈るんですって」
「はあ……」
「……って、これもしかして、君に聞いた話ですかね?」
「さあ……記憶にありません」
「まあいっか。この花を見て、君を思い出しました。よく似ているでしょう?」
「はあ……?」
花によく似ている、とは……?
褒められているのか貶されているのか。何なのかよくわからない。
「…………」
「……?」
見上げると、沖田さんは邪気のない顔でにこにこしている。
どうやら褒めているようだ。沖田さんにも女性を花に例えて褒める能力はあったらしい。天然発言ばかりするので、そういうことは苦手なのだと思っていた。
ということはもしかして、過去他の女の人にもこういうこと言ったことあるのかな……?
べ、別に気になるわけじゃないけど……っ。
「……あれ?お気に召しませんでしたか?おかしいなあ、何がいけなかったんだろう……」
「う、うれし、い、……です」
「本当?よかったー……」
慌てて答えたせいか、声が上擦ってしまった。恥ずかしいと思ったけど、沖田さんは気づかなかったのか気にしていないのか、言及せずに柔らかく笑った。
ずるい。そんな顔されたらときめくに決まってる。
ときめきで息が詰まりそうに苦しいのをごまかすみたいに、わたしも沖田さんに笑顔を向けた。
「これ、何の花ですか?」
「ご存知ないですか?こういうのは女性の方が詳しいと思っていました」
「…………」
失言だった。女子力アピール失敗。
沖田さんの中のわたしの女子力が減点されたに違いない。ただでさえ女子力ないのに……。
「君に、よく似た花ですよ」
「……?」
その、よく似た花の基準がよくわからないのですが。
「では特別に手がかりを教えてあげますね」
「ありがとうございます……?」
手がかりとかいらないから、回りくどいことせずにさっさと正解を教えてほしい。
……とは、楽しそうににこにこしている沖田さんには言えなかった。
「ではいきますよ、牡丹と百合です」
「はあ……?」
牡丹と百合なら、牡丹に近い花のように思う。牡丹の姿は朧気にしか記憶してないけれど。
「牡丹ですか?」
「残念、違います」
「降参します」
「ええーっ!しょうがないなあ……芍薬ですよ」
「しゃくやく」
牡丹も百合も一文字も掠っていない。いったいどこが手がかりだと言うのか。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花って、聞いたことありませんか?」
沖田さんは歌うように言う。
言われてみれば聞いたことがあるようなないような。
「それが、何か……?」
「僕が、この花を見て君のことを思い出した理由です」
「……?」
「…………」
沖田さんは一拍置いて耳まで真っ赤になった。
恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。
「……あの、何か言っていただけませんか……」
「……それって、わたしの認識が間違ってなければ美人を形容する言葉ですよね?」
「…………そ、そんなはっきり言わないでください……」
「つまり、沖田さんがわたしのこと、…………」
その先は恥ずかしくて言えなかった。わたしの顔も沖田さんと同じように赤くなっていることだろう。
「…………」
「…………」
目も合わせられずに赤面するばかりのわたしたちの間に、風が吹き抜ける。春風では頬の熱は冷めない。
芍薬の花だけがのんきに揺れていた。
20150425
沖田と芍薬
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