幕恋ワンライ5

この時代の夜は、どうしてこんなに心細いのだ ろう。 わたしは真っ暗な屯所の廊下を、月明かりだけ を頼りに歩きながら、数時間前の自分を恨んで いた。 どうしてあのとき、二つ返事で頷いてしまった のだろう。 そもそも、沖田さんがずるいのが悪いんだ。 彼は、わたしが沖田さんの笑顔に惚れているの をわかっていて、笑って見せるのだと思う。

わたしは、数時間前…つまり今日の昼下がり、 沖田さんに呼び止められた。

「今日の夜、みんなが寝静まったら屯所の入口 で待ち合わせしましょう。いいですね」

沖田さんは、きゅっと口角を上げて言う。 笑顔に釣り合わない有無を言わせない調子だ。 そんな口調で言わなくたって、沖田さんが素敵 に笑った時点でわたしに拒否権などない。 わたしは深く考えずに頷いてしまった。

もしかしたら、わたしの最大の欠点は深く考え ないところかもしれない。 とにかく、とても後悔している。 罪悪感のせいか、屯所の入口がずいぶん遠くに ある気がする。

なんとか待ち合わせ場所にたどり着いて周囲を 見回したが、人影どころか生き物の気配すらな い。 沖田さんはまだなのかな…。自分が来いって 言ったくせに。 ちょっと不満に思ったときだった。 勢いよく何かが鼻先を掠めた。

「…!?」

「やっと来たね」

声がした方を見ると、沖田さんが笹の枝を剣の ように構えていた。 どうやら鼻先を掠めたのは、沖田さんが振った 笹らしい。えっ、危な…。この人ならたとえ笹 でも人を殺せると思う。

「お、沖田さん!やっと、って…いつから?」

「…ほんとは、ついさっき」

「まだ来てないのかと思いました…」

「驚かせようと思って隠れてたんです」

「びっくりしました…それより、何の用なんで すか?」

「あれ?わかりませんか?」

「なんでわかると思ったんですか?」

「だってほら、笹…」

「パンダかよ」

「ぱん…?」

「いえ、なんでも…。それで?」

「あ、それでね!じゃーん!」

「短冊…?七夕?」

「正解!とっておきの場所があるんです」

「真夜中に山登るの嫌ですよわたし」

「違いますよ!他にもあるんです」

沖田さんのとっておきの場所は、小学生の一生 のお願いに近いものがあるのかもしれない。

「じゃあ、連れてってくれるんですか?」

「君がいいなら!」

明るい笑顔にときめいて、わたしはまたしても 深く考えずに頷いてしまった。

「ここが、その…とっておきの場所?」

「はい!」

沖田さんが自慢気に肯定する。

「川ですか…」

「あれ…?気に入りませんでした…?」

「い、いえ!そんな!昼も来てみたいです!」

返事をしながら辺りを見渡す。 昼ならきっと、とてもきれいで、まさしくとっ ておきの場所なのだろうけど…。 豊かな草の緑も、澄んだ川の水色も、ただ真っ 黒く闇に溶けて、月の光を弱々しく反射させて いるだけで、元の美しさが少しもわからない。 正直に言うと実に不気味である。

「………」

気味が悪くなって、わたしは沖田さんの隣に ぴったりくっついて座った。

「…?どうかしました?そんなにくっついて」

「いえ、別に、なんでも…えーっと、七夕楽し みだなあー!」

「そうですよね!?」

「は、はい…」

何この人。なんでこんなに食いつくの…?こ わ。 ちょっとごまかすつもりが、勢いよく同意を求 められて困惑する。

「土方さんったら、そんなのは子どもがするこ とだーなんて言うんですよ!せっかく笹まで用 意したのに!七夕飾りも作ったのに!ひどいで すよね!」

七夕でここまで熱くなれる成人男性初めて見 た。

「君ならわかってくれると思ってたんだ!二人 でお願い事飾って七夕の準備しましょう!」

「はい!」

わたしは沖田さんの笑顔を見て反射的に頷いて いた。もう何度目かわからない。

「ねえ、お願い事…何て書いたんですか?」

沖田さんが、七夕飾りで着飾った笹を見上げな がら言った。 わたしも見上げる。 沖田さんの作った七夕飾りはきれいだけど、わ たしのはへなちょこ。一目見ただけでどちらが 作ったものかわかる。

「なーいしょ。沖田さんは?」

「そんなもの内緒に決まってるじゃないです か」

「えっ、何それずるいです!」

「えー?それより、見てください。きれいな満 月ですよ」

あっ、話逸らした。

「満月なんかどこにも見えないんですけど」

「いやだな、心の美しい者には満月が見えるん ですよ。よく見てごらん」

なんか童話みたいなこと言い出した。 沖田さんって結構メルヘンなとこあるよね…。

「どう見ても半月ですよね。どこが満月なんで すか。沖田さん目大丈夫ですか?」

「君って案外厳しいですよね…。あの、今日、 満月のつもりだったんです」

「は?なんで?」

ここ数日の月は欠ける一方だったと思うんだけ ど。

「満月が好きだから…君と見たらきっともっと 好きになれると思って…」

言いながら沖田さんはわたしの手を握った。 突然だったから心臓が飛び出しそうになる。 こういうとき、何を言えばいいかわからない。

「そうですか……」

「次は、満月の夜を選びます」

「え?」

次…とは…?

「その次も、そのまた次も」

定期開催なの?これ。

「そして、来年の七夕も…君と」

「えっ…わたしでいいんですか」

「きみじゃないといやだ」

「えっ」

真剣な声音に沖田さんの方を向くと、いまだか つて見たことがないほど真剣な目と視線がぶつ かった。どきどきする。

「僕は織姫や彦星みたいに年に一回だけなんて いやなので。できたら何度も君と二人で星を見 たい」

星と言われて空を見上げる。 さっきまで月ばかり見ていたけど、わたしが 知っている夜空よりもずっと星が多くて美し い。 満天の星って、たぶんこういう空のことなん だ。

「沖田さん、わたし、こんなにきれいな星空初 めて見ました。満月じゃないけど、すごく素 敵」

「今日は晴れているから天の川もよく見えます ね」

天の川って、テレビやプラネタリウム以外だと 初めて見たかも。 肉眼で見ると、一層きれい。

「沖田さん、また見せてくださいね」

「ええ、必ず」

沖田さんの頷く横顔を見てからもう一度空を見 上げる。 流れ星は見当たらないけど、願い事が叶いそう な気がして、そっと胸の内で願い事を唱えた。 沖田さんと、ずっと一緒にいられますように。

20140706
月のくだり適当に書いたんですけど、七夕の頃には本当に半月ぐらいの大きさ(?)らしいですね。毎月同じ大きさ(?)だったとは…知らなかった…
このおきこむちゃんは星を見ながらいつの間にか寝落ちて翌朝慌てて帰って土方さんに拳骨もらう。



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