02
――嫌いじゃない。
先輩の残した言葉がループする。
期待なんてしたところで、先輩は手に入らないことは解っているのに。どうしても一縷の希望に思いを馳せてしまう。
忘れることと、思い続けること。
どちらのほうが辛くて、どちらのほうが難しいのだろう。
「八尋さん」
頬杖をついて窓の外を見つめている私の頭の上から、優しい声が降った。
話し掛けられることに、極度に怯えている自分に気付く。体が強張って振り向くことが出来ない。
いじめられた経験は、意外にしつこく私にこびりついていたのだと、身震いがした。
「…は、い」
「あのー…これ八尋さんのじゃないかな」
振り向かないまま返事をしたら、今度はそんな言葉が。声の主は男子だ。
ゆっくり彼のほうを見ると、立っていたのはクラスメイトで。確かどこかの委員会の委員長をしている人。
柔和な笑みをたたえて、手にはノートを持っていた。
「あ、私のです…」
「やっぱり。俺の机にあったから」
「ごめんなさい…、ありがとう」
「いいえ」
彼の名前はなんだったっけ。
こんなに何も知らないなんて。クラスで存在を無視されるのも当たり前かもしれない。
会釈してノートを受け取る。
「名前がなかったから、中を少し見ちゃってさ」
「あぁ、そうなんだ…全然大丈夫、です」
「字が綺麗だから、八尋さんかなって」
なんだその根拠。
とりあえず、彼に向かって愛想笑いを続ける。彼はなんだかんだと話し続けて、いつまでも私の前にいた。
そのうち彼は、どうでもいいような質問まで投げかけ始めた。
「八尋さんって大人しいよね」
「…です、かね」
「女の子って感じ」
「はぁ…」
「家どの辺だっけ?あ、何中だった?」
「…家?」
なに、この人。
だから、名前もわからないんだってば。
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