そう、あれは一週間前、俺が射撃の訓練をしていたときの事だった。
付き添いで来てくれていた白いニット帽をかぶり、パソコンを何やらいじっているアイツが口を開いた。
俺の班『牙』のメンバーである、夜姫。俺は西のほうだが、彼女は東よりの国の出身だという。その国での言葉で夜の姫と書いて「ユキ」と読む珍しい名前だ。
そして彼女は『牙』の副隊長で頭脳派クラスに所属している。
肌身離さず黒い愛用の小型パソコン「ブラッキー」を持ち歩いて、誰よりも早く情報を集める事から『情報網の中核』という異名を持ち、学校での成績は全て満点という秀才中の秀才。しかし、彼女が試験前日に「ブラッキー」でSKY・Worldの試験官のパソコンをハッキングし、試験の解答を盗み出して徹夜で丸暗記している事を俺は知っている。
よくよく考えれば、とんでもない奴だ。
夜姫はブラッキーから顔を上げずに続けた。
「今から三十年前、全世界の『強制一人っ子政策』によって私達は生まれてすぐにSKY・Worldに集められた…そう先生に教わったよね。」
「ああ。」
俺は神経を集中させてライフル銃の引き金を引いた。
ドンッ!
凄まじい発射振動と煙があがって弾丸が数十メートル離れた金属製の的を打ち抜いた。
…毎回、この銃を撃つたびに音と煙が凄いんだよな。撃った後、振動でビリビリするし…その分、威力は強いが。
「それでね、気になるデータが出てきたから今日ここに皆、集まってもらうの。射撃場なら人があまり居ないし」
「俺達以外に聞かれちゃ困る話か?」
「えっと…後々言わなきゃいけない話なんだけど、まずは『牙』のメンバーから言おうと思って。」
俺はもう一度集中して銃を構える…おっと、弾が無くなっていた。あぶない、あぶない。
ズボンのポケットを探ってみるが弾丸は一発もなかった。
「チッ、全部切れたか。もう今日は終わりだ。」
銃をケースにしまい夜姫のいるソファーに向かおうとすると、俺のすぐ足元でガシャンという音がした。
「くくっ、また貴様は弾を切らしたのか。これだから最近の男は軟弱だって言われているんだ、なぁ紅蓮。」
「…僕も男なんだけどなーアレン、それ僕の差し入れだよー。大事に使ってねー。」
声のした方を振り向くと俺と同じ『牙』のメンバーである双子、神龍(シェンロン)と紅蓮(グレン)が立っていた。
「これは、どーも。紅蓮さ、俺の銃、改造するならもっとマシなのにしてくれ。振動が強すぎて手がしびれる。どうにかできないか?」
「んー出来ない事もないかなー。まぁやってみるよー。」
俺は紅蓮にライフル銃を渡し、神龍が投げつけたと思われるケースを拾い上げ、蓋を開けた。中にはいつも紅蓮から貰っている黒い弾、そしてその中で異彩を放つ銀色の――
「――?こんなもの頼んだ覚えはないんだが。」
俺は銀色のそれを持ち上げ、光に照らしてみた。キラリと蛍光灯の光を反射させ、金属特有の光沢をみせている。
「それは僕とユッキーで共同開発した弾だよー。中には普通の火薬じゃなくてアークをいれているの。」
ちなみに紅蓮は夜姫の事を「ユッキー」と呼ぶ。
「あーく?なんだそれ。」
俺が問うと、紅蓮は笑って答えた。
「んー、そうだねー。簡単にいえば気体放電が最も進展した状態かなー。」
「…気体放電?」
そう言った後、俺は目の前にいる奴を見てハッとした。夜姫はコンピューターのエキスパート。その夜姫なら、きっと素人にも分かるように説明してくれるはずだ。
期待の込めた思いで夜姫の隣に腰かけると、彼女は紅蓮以上に幸せそうに微笑み、答えた。
「気体中に置かれた一組の電極に高い電圧をかけると気体分子、又は原子が一部イオン化して電流がながれる事。分かった?」
「いや、わかるか。」「同感だ、アレン。」
俺の言葉に同意する神龍。ポンッと肩に手を置かれた。
…信じた俺がバカだった。そうだ、夜姫は素人どころかプロさえも上回る知識を持つ女だった。世界中の皆がこういう知識を持っていると思っているんだ。
「そのアークとやらの弾丸…普通の弾と何が違うんだ?」
俺が問えばすかさず神龍は腕を組みながら向かい側のソファーに腰掛け、机に置いておいた俺のコーラの栓を開けて一気に飲み干していた。
…道理で今日は静かだなと思ったら、このタイミングを待っていたのか。
「アークの弾丸はね、材料が無かったから一発しか作れなかったんだけどー相手の体内に入れば九十八%の確率で倒すことができるんだー。その人の弱点に当たれば一発で即死しちゃうーかな?」
…怖っ。笑顔の紅蓮、物凄く怖い。いつも何考えて物作ってんだ、あいつ。
さらに追い打ちをかけるかの如く夜姫が続ける。
「アーク弾は発射されると同時に弾の軌道に合わせては放電するの。…放電っていうより弾を電気でコーティングするって言った方がいいのかな?例えばイチゴ大福を想像してみて。イチゴが火薬、その上を包んでいるアンコが弾、それらを包んでいるもちもちとした触感のおいしい餅がアーク。」
…例えが悪いのか、俺の頭が悪いのか。
しかし、彼らがそこまで推しているので受け取らない訳にもいかない。俺は黙ったまま弾をポケットにいれた。年齢はともかく一流の職人は一流の技術とプライドを用いて客に最高のモノをもたらす。
夜姫も紅蓮もそのことを分かっているかのようで、彼らの作る発明品や技術には驚かされるばかりだ。
そもそも紅蓮と神龍は俺達の学校の中で、最も無敵と恐れられている双子。
姉の神龍は気が強くて喧嘩っ早く、そこら辺にいる男よりも余程男らしい。その上口も悪いが根は優しく、家族という言葉に憧れを抱いている女。
容姿はとても美人で長い黒髪を後ろでお団子にしている時もあれば、ポニーテールにしている時もある。ただし、弟の紅蓮の前以外は絶対におろさないらしい。
いつも赤いチャイナドレスを着て、腰のベルトに差している木刀を自由自在に、見えないほど速く振り回す事から「神速の赤龍」と呼ばれ、SKY・World内の不良たちに崇められている(自称)。
崇められている?ドン引きされてるの間違いだろ。
弟の紅蓮は争いや喧嘩は好きだが神龍ほどではない。夜姫と同等高い知識力を持ち、頭の中は設計図で沢山というちょっと変わった天才発明家。ちなみに容姿は神龍に劣らず美形で、漆黒の髪を伸ばし後ろで一つのみつあみにしている。彼の右目は二年前、何者かによって斬られ失明し、いまでも痛々しい傷痕が残っている。
彼の異名は「紅の蓮華」。神龍の暴走を止める為なら、どこでも紅蓮特製火炎放射器をぶっ放す事からこの名がついた。
彼は変わった男で、相手を一目見るだけでその人の弱点を見極められる「極めの左目」という目を持っている。嘘だと思ってからかったら、実際に俺の弱点だという左足の付け根を軽くつねられ、物凄く痛かった記憶がある。
SKY・Worldの学校で天下を取っているのは、この双子の兄妹が暴れまわっているからだ…というのは嘘で、実際暴れているのは神龍ただ一人。
神龍を唯一止められる存在の紅蓮は必死でフォローするが、争いに巻き込まれてついつい周りの人を全滅させてしまったらしい。
なにをどうしたらそうなるのか、俺には皆目見当がつかない。
「で、何?これで俺に人を殺せとでも?…冗談じゃねーぞ、俺はまだ人殺しにはなりたくねぇ。」
俺は銀色にキラキラと光っている弾を、手の上で弄んでみた。ずっしりとして意外と重い。
すると、冗談半分に言った俺の言葉に意外にもまじめな答えが返ってきた。
「人は殺さない…と思う。でも、何かあってからじゃ遅いから使い方はアレンに任せるよ。もし、そんな事があったらその時まで持っていて欲しいの。」
夜姫はブラッキーを起動させた。カタカタとキーボードを叩く音だけが射撃場に響いている。
「これ。」
夜姫がブラッキーを俺達の見やすい位置に置いた。画面には一つの円グラフが表示され、「ロード中」とでている。データを整理して円グラフに表示するのに、少々時間がかかっているようだった。
「なんだ、これは。」
神龍が首をひねる。そして、俺も分からないので首をひねる。
紅蓮は分かっているのか、少し深刻そうな顔で俯いた。
「…私がさっき、各国の政府関係者だけが使える特殊なサイトに全てハッキングしたの。このデータは過去十年間にSKY・Worldから地上に降りて軍人になった人数を示した円グラフ。青色が軍人になった人、赤色がなってない人の割合ね。」
チラリと俺は夜姫の顔を盗み見た。
陽気で明るくていつも笑っている彼女の顔が、今は真剣な顔で画面を睨んでいる。
再びパソコンに視線を戻すとロード画面が終わったようで、そこに映し出されているのは単色の円形。
俺はその画面に愕然とした。
…いや『愕然』などという言葉では到底表しきれない。『恐怖』、『驚愕』、『不安』…様々な感情が一気に俺の中を駆け巡る。
「…オイオイ、何だよこれ…冗談じゃねー何で…」
自分でも背筋が凍るように冷えてくるのが分かる。
「何で、真っ赤なんだよ…。」
円グラフの中身は百%、と血のような朱色に染まっていた。
四人しかいない射撃場に、俺の声が響くようにむなしくこだまする。
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