「まだ…寝ないの?」
控えめな音で開けられた扉の隙間から、薄暗い部屋に明かりが入ってくる。
「あぁ。あと少しだけ…」
振り向かず、手はキーボードを叩き続ける。
画面には変換以外止まることなく、文字が順列していく。
すっかり慣れたタイピングは、自分の思考についてきていた。
「頑張りすぎて、倒れないでね?」
ゆっくりと入ってくると、サイドテーブルに暖かなカフェオレとチョコを置いてくれる。
心配そうな顔をさせるのは、これで何回目だろう。
「大丈夫。もう少ししたら、俺も寝るよ」
安心させようと、頭を撫でてやる。
壊れてしまわないように、ありったけの優しさをこめて。
「じゃぁ、私先に寝るね」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
開けたときと同じ様に、扉は静かに閉められた。
再び頭の中で忠実に再現される記憶を文章に変え、パソコンに打ち込む。
下書きは疾うに止め、今は直接パソコンに書きこんでいる。
自分が唐突に始めたことだから時間制限はないが、気持ちが急ぎすぎていた。
今、優先すべきことはこれなのだと。
「ふぅ…」
充血しているだろう目を軽く押さえ、まだ暖かいカフェオレに口をつける。
ふわふわと立ち込める湯気が、鼻先をくすぐった。
自分からはあまり採らない砂糖とミルクの甘さが、体を癒してくれる。
椅子に背中をぐっと預ける。
開けっ放しのカーテンから月の光が差し込む天井を見上げ、深い息を吐く。
そして、毎晩のように自分に言い聞かせる。
これは自分のエゴだから、見返りは求めてはいけないのだと。
「それでも…」
足掻かずにはいられなかった。
拝啓、記憶の中の君へ
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