07:きもちとこころ。(WEB再掲載)


きもち と こころ。






眠い目を擦って、玄関先から居間にかかっている時計で時間を確かめる。

午前1時半。
今月はバイトの時間を先月よりも倍近く増やしていた。
深夜から朝方までのシフトでも二つ返事で了承するくらいに。

― 眠ぃ…、

金曜日、学校が終わってからのシフト。
バイト先に自分が高校生だとは面接で聞かれなかったので言っていないが、もう同じバイト先に行きだして1年近くになる。

そろそろばれそうな気がしている。
が、まぁ、そン時は、そん時だ。

直前まで抱き合っていた小太郎の温もりを思い出して、頬が緩んだ。
溶け合う程の熱を共有した後、小太郎は自分の腕の中で安心したように眠る。
その姿が好きで、好きで、たまらない。

ずっと見ていたい。
眠ったままの頬を撫でると、くすぐったそうに眠ったまま笑った。

離したくない気持ちを押し殺して、自分ひとりベッドから抜け出す。
寝室からリビングに出ると、ひんやりとした空気に包まれる。
熱に浮かされた躰を冷やすには丁度いい。

バイトに向かうために適当な服に着替える。
冷蔵庫から小太郎が夕飯に作ってくれていた卵焼きを取り出して、口に放り込む。
帰るのは朝の9時頃だ。通勤ラッシュの時間帯は呪いたくなる程客が店に足を踏み入れるが、その時間帯を超えれば後は楽になる。

とりあえず、来月からは二度と同じようなシフトは組まない。

ごそ、ごそ、

寝室から小太郎の動く気配がした。
起こさないようにと、音を立てないようにしていたのに。

「しん…、」

パジャマ姿の小太郎が、玄関先の俺の後ろに立っていた。
眠いのだろう。目を擦っている。

「寝てろよ。きついだろ、」
「…今から、だったか、」
「あぁ。帰るの9時位だと思う。」
「…ん、」

こくり、頷いて、向かい合った俺に抱きついてきた。

「…しんすけ、気をつけるんだぞ、」
「小学生じゃあるめぇし、」

苦笑いしながら、ぎゅう、と小太郎の躰を抱き締める。
吐く息は白いのに、互いのこころは、暖かい。

頬に触れるだけのキスをして、そのままバイト先に向かった。








― 晋助、チョコレート。
― ああ、そうか、今日、
― 最近はすごいな。種類が色々あったぞ。
― 種類、
― 義理チョコに、義務チョコに友チョコに、
― 俺以外のヤツに、やってねぇだろうな、
― リーダーにはあげたぞ。5個くらい。
― …ならいい。

小太郎から受け取ったチョコの袋を開けると、チョコ独特の甘い香りが微かに香った。
毎年、小太郎が俺に渡すのは手作りだ。
元来甘いものが苦手な俺にとって、バレンタインとやらは特別視するものではなかったが、小太郎と付き合いだしてからはどうしても気になってしまうようになった。

今年は付き合い始めてから最初のバレンタインだった。
付き合う前からずっともらっていたはずなのに、ふたりで高校に進学して最初にもらったチョコレートは、特別な味がした。

我ながら現金だと思う。
甘い物が苦手な俺に気を使ってか、小太郎は毎年、それこそまだ小学生の頃からビターチョコを使った手作りチョコを渡してくれる。

因みに、ホワイトデーのお返しは、小太郎が小さい頃から愛用しているステファングッズの新作。
小太郎の手作りチョコを貰った俺は、ホワイトデーのお礼にステファングッズを買うべくバイト量を増やした。
理由は簡単で、バレンタインの随分前に、小太郎が3月発売の限定ステファングッズが欲しいと呟いていたからだ。

どこからどう見ても真っ白お化けにしか見えないキャラクターだが、小太郎は何故かこのキャラクターが好きらしく、5歳の頃から誕生日や何かのお礼にと同じキャラクターグッズを渡してきた。
おかげでもう、それ以外に何を小太郎に渡せばいいのか分からなくなってしまった。


破壊的に重症だ。小太郎ではなく、自分が。
限定商品なだけあって、値段はそこそこするものだった。
今月のバイト時間を倍近くに増やせば、どうにか手が出ない値段ではなかったので、ホワイトデーのお返しはそれにすることに決めた。

納得がいくかどうかは、この際別にして、だ。
ただ、小太郎の笑顔が見たいと思った。








「おかえり、」
「ただいま、」

午前9時。
疲れて帰ってきた自分を誰かが迎えてくれるというのは、やはり嬉しい。
それが小太郎なら、尚更だった。

「何か食べるか?」
「あぁ…、悪ぃ、店で食べてきた。」
「そうか…。お茶位なら飲むだろう?」
「そうする。」

あくびを一つして、俺はシャワーを浴びようと浴室に向かった。
このシフトが終わるのは今週までだ。
給料日は来週末。自分で計算した限りは、どうにか例の限定ステファングッズを買えそうな金額を超えている。

小太郎には秘密だ。
シャワーを浴びて居間に行くと、小太郎が緑茶を入れて待っていてくれた。

「冷やしておいたよ。それとも温かい方が良い、」

にこり、優しく笑う小太郎が愛しい。
そのまま強引に抱き締めて、こたろう、と耳元で囁いた。

小太郎が顔を赤くしたのが分かったので、もう一度力を込めて抱きしめた。














隣で寝息を立てている晋助を見つめる。
先月からのバイトが余程辛かったのか、普段は眠りの浅い晋助が深く深く眠っていた。

そっと晋助の頬に触れて、その感触を確かめる。
一緒に一晩、同じベッドで眠るのは、随分と久しぶりのような気がする。
ここ一ヶ月弱、晋助はバイトが忙しかったらしく、夜中から朝方まで家を空けることが多かった。

どうして急にそんなシフトを組んだのかと訪ねると、バイト先の珈琲店が早朝営業も始めたから、と答えが返ってきた。
それならば仕方がないと納得し、体調だけは気をつけて欲しいと思いながら、もうひとつ、別の思いもあった。



「ひとりで眠るには、このベッドは広すぎるんだよ。晋助。」



ぽつりとこぼした言葉は、知らない間に自分の両目に滲んでいた涙と混ざって、何処かに消えた。













三月十四日、小太郎の前に大きな紙袋に包まれた「それ」をどん、と置いた。
きょとん、とした小太郎の顔が可愛かったので、、キスしたくなるのを必死に我慢した。

「開けていいぜ、」
「晋助、これ…、」
「いつものお返し。バレンタインの、」
「あ、有難う…。でもその、お、大きすぎないか、」
「開ければ分かる。」

頭の周囲にはてなマークをふよふよと浮かべているかのような小太郎の様子に、つい笑ってしまった。
丁寧に包装された紙をこれまた丁寧な手つきで小太郎が解き、箱の中身を見た瞬間、小太郎の表情が止まった。

「こ…れ…、」
「欲しいって言ってただろ、」
「で、でも…、」
「嬉しくない、」
「ち、違う、嬉しい。すごく嬉しい。ありがとう晋助、」

ようやく、小太郎が笑った。
箱の中身は、限定発売の巨大ステファン人形だった。
下手すると寝室の枕より大きい気がする。
高校生にもなって人形かよ、とも思ったが、小太郎が好きだというのだから仕方ない。


「晋助、これ…、」
「いいから貰っとけよ。俺、それ買うとき周囲の視線、かなりアレだったんだぜ、」
「…ありがとう…、」

むにゅぅ、と人形を抱き締めて、小太郎がまた笑った。
とろけるような笑顔だと思った。



「もしかして、最近バイトが忙しかったのは…、」

夜、ふたり一緒にベッドに横になったまま小太郎が申し訳なさそうに尋ねてきた。
言い訳を考えていなかったので、なんだか妙に気恥ずかしい。

「あぁ、まぁ…、」
「…ごめん、」
「はァ?」

なんで謝られるのかが分からない。

しかも小太郎の眸には涙が滲んでいる。
と思っていたらあっという間に泣き出した。
訳が分からず若干パニックになりそうになっている自分を落ち着かせ、腕を伸ばして小太郎を抱き締めた。

目許に溜まった涙をぺろり、舐める。そのままゆっくりと唇を合わせた。

「知ら、なくて…、」
「言ってねぇし、」
「うん、でも、ごめん。」
「何が、」
「しんすけが、その為に頑張ってたこと、知らなかった。」
「別に謝ることじゃねぇだろ、」
「違う、ちがうんだ、ごめん、俺、贅沢になってた。ごめん。」

小太郎の綺麗な眸からぽろぽろと涙が溢れる。
既に俺の寝巻きは涙で濡れている。

ああ、この状況をどうすれば、


「さみしいって、思ってしまった。だから、ごめん。」


小太郎の言葉を理解するのに、ほんの少し時間が掛かった。


― 夜、しんすけが居ない部屋で眠るのは、さみしい。
― 朝起きて、しんすけが側にいないのは、さみしい。
― 晩ご飯をひとりで食べるのは、さみしい。
― 朝ご飯をひとりで食べるのは、さみしい。

― 寂しがってばかりで、贅沢になってた。


「晋助が頑張ってくれていたのに、寂しいって思ってしまった。だから、ごめん。」



ああ、本当に、どうすればいいのか。
言葉が見つからない。

小太郎がいつも求めてくれるのは、物じゃなくて、こころ。
他の誰でもない、自分の。自分だけの。


「小太郎、」
「ん、ごめ…ふ、ぅ…、」


謝り続ける小太郎の唇を、唇で塞いだ。
そのまま精一杯抱きしめて、何度も何度もキスをした。





次の日、俺は珍しく小太郎より早く目が覚めた。
昨日の夜、眠る直前までぽろぽろと涙をこぼしていたので、小太郎の目許が赤い。


― ああ、好きだ、


そっと手を握ると、握った手を握り返してきた。
眠ったままなのに、俺を求めてくれる。

小太郎の気持ちと、俺のこころを重ねたい。
何度でも、何度でも。

穏やかな眠気に包まれながら、そっと目を閉じた。
明日起きたら、また何度もキスをしようと思いながら。






// おしまい。














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バレンタイン間近のイベントでホワイトデー本でした。
折角なのでホワイトデーな高桂ということで。

砂と砂糖を一緒に吐きたくなるくらい、あまい高桂がだいすきです。
3Zはいいですね、容赦なく甘くても全然胸焼けしませんね!(※みつきさんだけです。)


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// 2009/2/22 発行 * 『きもち と こころ』より
// 2013/3/12 WEB掲載(大幅に加筆・修正をしています。)


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