09:あめのひ。
あめのひ。
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小太郎の横になった躰がゆっくりと寝返りを打ち、ふたり用のベッドがぎし、と音を立てた。
すぐ側にある窓からはぽつぽつと窓を叩く雨音が響く。
前日の夜に小雨だった空は朝に大雨になり、学校から帰る頃にようやく落ち着きを取り戻した。
家に帰る頃には足元がずぶ濡れで、ふたりしてドタバタと風呂に入って、そのまま夕飯を食べた。
夏に入る直前の気だるさ。
付きまとう湿気が否応なく不快指数を上げていく。
通学途中の公園に咲いている紫陽花が、ふたりにとってこの時期の救いになっていた。
「大丈夫?」
「…うん、」
少し声を抑えて問いかけると、小太郎が苦く笑いながら返事をした。
普段は全くと言っていいほど健康な小太郎が、この時期だけ、唯一体調不良を訴えることがある。
低気圧なのか、多すぎる湿気にやられるのか分からないが、偏頭痛で立っていられなくなるのだ。
それも誕生日に最も近い、6月の終わりのこの時期に。
つきん、つきんと痛んでいるであろう頭をそっと撫でると、気持ち良さそうに目を閉じた。
「手、温かい。」
「…ふぅん、」
「…困ったな。今日は少し、酷いみたいだ。」
「寝ろよ、このまま。」
「え?」
「手、握っててやるから。」
頭を撫でていた手をそっと頬に当てて、薄っすら涙が溜まった目元を親指で拭う。指先についた雫をぺろりと舐めて、今度は柔らかく、少し温度の低い小太郎の頬に触れる。
ほう、と穏やかな溜息を吐いて、小太郎が目を閉じた。
拍子に小さな涙が零れ落ちて、俺のてのひらがじんわりと滲む。
「薬、飲ンだら?」
「…うん、そう、しようかな、」
少し残念そうに微笑む小太郎を見て、心の中で小さく溜息を吐く。
小太郎は見かけよりも頑固で意地っ張りだ。
普段は健康で、薬なんて飲むことがないものだから、こうやって本当に苦しいときに薬を飲もうとしない。
― 意地、張ってンのは、俺もか。
目の前でこんな風に苦しむ姿を見せられて、平気で居られる筈もない。
小太郎が苦しんでいるのに、迂闊にキスも出来やしない。
もう一度溜息を吐きたくなるのをぐっと堪えて、ベッドに備え付けられた小さな棚から常備薬にしている鎮痛剤を取り出した。
枕元には飲ませるつもりで持ってきていたぬるい水。
小太郎がゆっくりと起き上がって、シートになっている鎮痛剤のうち、1錠だけを取り出した。
半分だけ空になったシートを渡されて、じっとそれを眺めたまま、ぷち、ともうひとつの錠剤を取り出す。
取り出した錠剤を小太郎に持たせて、2錠飲むように目で促した。小太郎が肩を落としたので、額をつん、と優しくつつく。
用法用量は守るべきだ。小太郎がいつも俺に言うように。
「1錠でも、大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃねェよ、」
「そうかな。」
「…俺が、大丈夫じゃねェンだ。だから、飲んで。」
「…うん、」
小太郎が一瞬はっとしたような表情をして、笑いながら頷いた。その笑顔がなんというか、たまらなくて。
キスをして、押し倒して、抱きしめて。
薄い躰を腕の中に閉じ込めて、その躰中にキスをしたいと思うのに、それは叶いそうにない。
小太郎が錠剤をふたつ、ゆっくりと口に入れる。
そのタイミングに合わせて、ぬるい水を口に含む。
「ん?」と疑問符を浮かべたまま小太郎が、すこしぼんやりとした表情のまま顔を傾けている。
そんな小太郎の頬に両手を添えて、水を零さないように、満たされない渇きを潤すように、温度の低くなったふたりのくちびるを重ねた。
「ん、…ン、んぅ、」
小太郎の喉がこくんと鳴って、くちびるを離すと止まっていた息がゆっくりと空気の出し入れを再開した。
ほんのりと頬が赤いのは、きっと、互いの頬の赤を鏡のように映しているからだ。
「…早く、良くなってくンねェと、さ、」
「うん?」
「出来ねェじゃん。…えっち、な、こと。」
「ばか。」
にやにやと笑う顔をぺちんと叩かれて、小太郎の手を握ったまま、ベッドの横に顔を埋めた。
頬と一緒に赤くなっているであろう首筋を見られたくなくて、片手で頭を抱える。
小太郎が小さく笑っていたので、きっと気づかれているだろうけど。
― あめのひに、ふたりきり。
窓の外ではぽつぽつと雨音が鳴り続いている。
生温い水の中で呼吸を分け合うように、もう一度小太郎とキスがしたいと思って、ゆっくりと顔を上げた。
おしまい。//
「大切にしたいけど、やっぱり我慢が出来ない晋ちゃん」が書きたかったので。
子供と大人の境界線でお互いの気持ちを我慢したり吐露したり時々暴走しちゃうような3Z高桂が可愛すぎてたまらないです。
掲載:2013/5/31
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