◆小噺置き場◆


「千春」に関する小噺4題(砂柾・朝柾・吉柾・北柾)
2013/02/27 22:38




(砂原)

初めて言葉を与えられたように。その言葉しか知らないように。大切そうに、たった一つの名前を呼ぶ。
「千春」
気恥ずかしいらしく、緊張がじわりと言葉と態度の端々ににじむ。隠してるんだろうが、バレバレだ。
笑うとガキみたいに拗ねてそっぽを向く。それにまた俺は笑う。
バカにしてるわけじゃねぇんだ。ただ、おまえが俺のことで感情を揺さぶられるのが楽しくて嬉しいだけなんだ。
いつもいつも、胸が熱くなって、無性に泣きたくさせる。
おまえだけだよ。


*** ***

(朝桐)

明るく、気負わず、水を飲むように自然に舌に乗せる。
「千春」
気が付いたら呼ばれていた。あまりにも――周りに空気があることくらい当然のように呼ばれたから、驚きながらも俺は呼吸するようにそれを受け入れた。
幼さの残っていた声は、数年を経て男の色気みたいなものを帯び、たまに俺は当惑する。いつの間にか男ぶりをあげたこいつと、そのことに胸が引き絞られるような興奮を覚える自分自身に。
掠れ声で耳をくすぐられると、心臓が爆発しそうになるんだよ、バカ野郎。


*** ***

(吉岡)

蝶を捕食する蜘蛛が糸で絡め取るかのように、声で縛る。しゅるしゅると這い寄る白い糸は、俺の身体のそこかしこを手前勝手に好きにする。巻きつき拘束するだけに飽き足らず、皮膚を突き破り内臓を侵し、心臓に絡みつく。最後の砦なんてありやしねぇ。
獲物から吸いとった蜜に甘い毒を含ませ、舌を刺す苦味を伴う、蕩けた声で俺を呼ぶ。
「千春」
戦慄か、それとも欲情か。

背が粟立つ。


*** ***

(北条)

あったかい。
とにかくあったかい。
自分に名前があること、それをこの人が呼んでくれること。心があってよかった、生きていてよかった。それ以上に、この人がいてくれてありがとうと、すべてのものに感謝を捧げながら。
「千春」
呼ばれるたびに泣いてしまいそうな俺のことなど全部お見通しのこの人だ。瞳を閉じさせ、やわらかく唇を食まれる。

至上の優しさに、俺はひたる。
全身で思う、幸せだと。






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