中編・王様の耳はロバの耳 | ナノ
王様の耳はロバの耳


 ワケが分からない。今の心境を一言で言い表すとすれば、まさしくソレだ。


「すみません、もう一度言って頂けます?」

「だからお前に罪人の監視を頼みたいのだ、ちゃんと聞いとるのか?」

「はぁ……監視、ですか。その人何したんです? ってゆーか、此処は何処で貴方は誰なんでしょう?」


 いつも通りに朝起きて、ご飯を食べて支度して、家を出て電車に飛び乗った。いつもと違うのは、中々着ていく服が決まらなくて電車に遅れそうになった事くらいだ。

 ……そう、それだけだった筈なのに、気づいたら知らない場所で赤ちゃんとお喋りしている自分。

 ワケが分からない。

 しかも、この赤ちゃん。どこかで見た覚えがあるんだけど……いや、こんなに滑舌良く喋る赤ちゃんなんて、一度みたら忘れること無いだろうし、気のせいか。

 だが、この赤ちゃんの次の発言に、私は度肝を抜かされた。


「なぁに兄に向かって、他人行儀な口をきいとるのだ! ここは霊界で、お前はワシの妹! 罪人は先日三大秘宝を盗み出した盗賊ではないか! 寝ぼけて頭でも打ったのか!?」

「はぃぃいいい!?」


 ちょっと待って、ツッコミ所満載の発言だけど。まずは。


「貴方が兄!? どーみても私の方が年上でしょうが!」


 何言っちゃってんの、この子! 26歳の大人を捕まえて妹!?

 あまりに驚きすぎて、ちょっと大きな声が出ちゃったけど、ハタと思い当たった。


「あ、そっか。みんな君の作り話なんだね、ノリが悪くてごめん」


 赤ちゃんにしては早熟だな、と思いながら面白い発想だねぇ、と彼の頭を撫でてやる。


(あれ? 中々手が届かない。……よし、届いた。ふふふ、こーんなにほっぺぷくぷくの赤ちゃんを間近で見ることってあんまり無いから新鮮だなぁ)


 手も紅葉みたいにちっちゃくて可愛い。なんて思ってたら、よくよく見ると、その見つめていた手は。


「あれ、この手、もしかして私の……?」


 あれれ、可笑しいな。最近仕事が忙しかったから、寝不足なんだろうか。自分の手が赤ちゃんのようにふっくらした紅葉の手のように見えるぞ。

 私が混乱した頭をグルグルさせていると、目の前の赤ちゃんが大きな溜息を付いた。


「どうせ寝汚いお前の事だ、まだ寝ぼけておるな。まぁ、兎も角、監視対象が在籍している高校には既に編入手続きを済ませておる。任せたぞ!」


 混乱の極みに居た私は、去ってゆく赤ちゃんを引き留める事が出来なかった。

 だが、それはまだ序章だったのだ。

 赤ちゃんの部下だと名乗る青い鬼さんが呆然とする私の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれ、女中さんらしき人(鬼)達にあれよあれよ、と揉まれるウチに、なんと私は女子高生に変身していたのである。

 何に一番驚いたかって?

 赤ちゃん姿だった私が、イキナリ成長したこともだけど、それでも26歳の私より若返ってたってことよ!

 久し振りに味わう、十代の瑞々しいお肌に驚きました。げふんげふん。


++++


 そして今に至る。

 私は、とある高校の転校生になりましたー。これまでは見ている側だった珍獣(転校生)の儀式を一通りこなし終えてグッタリだよ。パンダも大変だね。


 兄、とやらに渡された資料と、実物の監視対象の彼をちらりと見比べる。


(えーと、なになに? 人間名は南野 秀一。元は魔界の妖狐だが、霊界の特別防衛隊に瀕死の重傷を負わされた事が原因で人間界に逃れ、人間に紛れて生きている。人間界での犯罪歴は無い、とされているが魔界では有名な悪名高い盗賊だった。霊界の三大秘宝の一つ・暗黒鏡を人間の母を助ける為に盗み出したと霊界探偵が供述。だが真偽不明の為、監視の必要あり)


 資料をぐしゃりと潰して、思わず机に突っ伏した。私は口から漏れ出しそうになる笑いを何とか飲み込む。


(そうだ、思い出した……。ここって『幽白』じゃん! 兄ってコエンマじゃん!! 監視対象って蔵馬じゃん!!!)


 さて、突然ですが皆さん。

 人生をやり直す事が出来るなら、いつに戻りたいでしょうか。

 誰しもが一度は考える事だと思うけど、私の場合は高校生。

 黒歴史を披露しちゃうと、その時付き合ってた彼氏に「お前、キモイ」とこっぴどく振られ、そのショックを引きずって大学受験に失敗。

 第二志望にはなんとか引っかかったものの、学費の高い所だったから、親に全てを出して貰う事は出来ず、バイト三昧の苦学生の日々。苦労したものだ。

 その全ての元凶は、高校時代に嵌ったアイドルの追っかけ。

 お小遣いとバイト代をやり繰りして地方だろうが、何だろうがコンサートには必ず駆けつけ、高校生にはバカ高いファン会員費も支払い続け、CDもDVDもグッズも集め続けた。

 フッ……あの時の自分は若かった。今振り返ると、よく彼氏が出来たなと思わなくもないが、女子高生つかまえて「キモイ」なんて言う男だ。忘却の彼方の刑で十分だ。

 そんな過去の苦い思い出を教訓に、大学を無事卒業した私は普通に就職してOLとなった。

 自重に自重の日々を重ね、普通のOLとして過ごす日々。そのお陰か、来月には同じ会社で知り合い、付き合っている彼氏と結婚する予定だった。

 その私が、なぜ。

 神様、仏様、閻魔様(閻魔様が父親って未だ信じられないけど)、私が何をしたんでしょうか。それとも、これはガマンしてきた私に対するご褒美?

 確かに、小学生の頃にアニメで見た蔵馬は格好良かった。二次元ならではの完璧なキャラ。しかし私は嫁にするなら三次元派だったので、当時は小学生の嗜み程度にアニメを見ていただけだ。暇つぶしとも言う。


 だがその二次元のキャラが、今目の前に三次元として居たら?


 ずっと窓の外を見ていた彼が、ひとつ溜息を付いた。


(そういえば、コエンマが昨日例の事件の裁判だったと言っていたっけ。美形は憂い顔も絵になるなぁ……)


 ポタポタと、手を濡らすモノに気づいて視線を落とした。


「あ……」


 やばい。久し振りに本気で嵌りそうだ。鼻血は私の嵌り具合のバロメーターとも言える。変態、というなかれ。

 転校生が突然、鼻血を流し始めたことに、クラスの皆さんに心配をかけてしまったらしい。何人かの女の子が気遣って保健室まで連れて行ってくれた。優しい子ばかりで、おねーさん嬉しいよ……!!

 なぜ、このような事態になっているのかは分からない。

 分からない、が。


「きっと、神様か仏様か閻魔様のプレゼントなのね! ありがとう!! めいいっぱい堪能するよ!!!」


 王様の耳はロバの耳。私は掘った穴ではなく、保健室の枕に顔を埋めてとりあえず身の丈をぶちまけてみた。(鼻にはティッシュ装着済みだから無問題!)

 楽しくなりそうだ! 自重? 何それ、美味しいの?

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