ルーナがここへ来てから1ヶ月程経った。
あれからルーナは自室にあった本棚の魔術書を読むのが日課になっていた。孤児院にあったような簡単な本ではなく本格的な魔術書は言葉も難しく、辞書を引きながら少しずつ読み進めなければならなかった。
さらに魔法の練習もするようになった。デルカダール城の中庭なら周りを気にせず魔法を使うことができた。まだまだ攻撃力のあるような魔法を放つことは出来ないが、手に炎を出すくらいのところまでは進歩した。初めて手から炎を出せたときは驚きと感動で真っ先にグレイグに報告しに行った。炎を出したままマントを掴んでしまい、あわや大火事になるところだったのはいい思い出だ。
マルティナとの勉強のお陰で淑女のマナーや計算も徐々にだが、自分の力に出来てきている。
そして昼食を食べ終わった午後、今日もナツキは中庭で魔法の特訓をしていた。
「ヒャド!……むぅ」
今朝読んだ魔術書に書かれていた氷の魔法を唱えたが、全くもって発動しない。氷の欠片すら出現しない。炎に次いで簡単と言われている属性魔法なのにどうしてもだめだ。
一度休憩しようとルーナは木の影に腰を下ろす。
「もう止めるのか?」
「あっ……ホメロスさま……!」
振り返るとホメロスが壁に凭れながらこちらを見下ろしている。立ち上がろうとしたが手で制され、変わりにホメロスがこちらへ近づいた。
時折こうしてルーナの様子を見に来てくれるのだ。冷たい表情とは裏腹になにかと面倒見の良いホメロスをルーナは好きだった。
「お前にプレゼントだ。感謝しろ」
棒状の物を投げ捨てるように渡され、キャッチ出来ずに膝で受け止めてしまった。白を基調にしており、先端には青い蝶が取り付けられている。
それを手に取り不思議そうに見つめていると頭上からため息が聞こえた。
「スティックだ。これを使えば魔法が使いやすくなるはずだ。攻撃魔法は杖の方がいいが、お前にはまだ早いだろうしな」
「ホメロスさま!ありがとう!」
嬉しくてぎゅっとスティックを抱き締めた。お礼を言うと気恥ずかしげにそっぽを向かれてしまった。
「ほらそれを使ってもう一度ヒャドを撃ってみろ」
「わかった……ヒャド!」
促されるままにヒャドを撃つ。
キィンと鋭い音がして花壇の花がひとつ凍りついた。攻撃魔法としては威力はまだまだで戦闘にはとても使用はできないが確実な進歩だ。
「できた!できたよ!ホメロスさま!」
「よくやったな。流石だ」
目線を合わせるように屈んだホメロスに頭を優しく撫でられる。孤児院ではあまりそんなことはしてもらえなかったからなんだか気恥ずかしくて、もじもじしてしまう。
「私もっと頑張るね!……これも、ありがとう」
「王の命令だからな」
つんとした態度のホメロスにルーナは首を横にふり、答える。
「ううん……それでも、嬉しかったから……ありがとう」
答えはなかった。けれどホメロスの目はとても穏やかで暖かだ。いつもは意地悪な顔ばかりするホメロスがふいに見せるその顔がルーナは大好きだった。
「さてと……俺も訓練に行かなければな」
ホメロスが立ち上がる。もう行ってしまうのかと少し落胆していると、そんな僅かな変化に気付いたのかホメロスは再度ルーナの頭を撫でた。
「次の休みにお前の魔法を見てやろう」
「え!?いいの?忙しいんじゃないの?」
「今よりも成長してなければ見てやらないからな」
「やったぁ!楽しみ!大好き!!ホメロスさま!!」
両手を上げてぴょんと飛ぶ。喜びを身体全体で表現するルーナ。ホメロスは面倒くさそうにしながらもその口元は僅かに緩んでおり、まんざらでもなさそうだ。
「じゃあ俺は行くからな。訓練サボるなよ」
「はぁーい!」
元気よく返事をして、ホメロスの背中を見送った。