薄暗く、そして半壊したデルカダール城へ足を踏み入れた。城中から血臭が漂うが、今のホメロスにはとても心地よい匂いに感じた。
あちらこちらにデルカダール兵の死体が転がっている。死体を貪る魔物を鋭い睨みで蹴散らし、玉座の間を目指した。
二階へと上がる階段が破壊されていたが、今のホメロスにはたいした問題ではない。軽く地を蹴れば、ふわりと身体は宙を舞い目的の場所へと着地する。
あの美しかった城は見る影もなく、廊下も豪華な調度品も破壊の限りを尽くされていた。長年過ごした城だというのにたいした感慨もわかない。
冷めた表情で先へ進む。玉座の間へ続く扉は夥しいほどの血にまみれていた。もう乾いていたが、触るのにはやや躊躇したくなる。不快に顔を歪めながら、扉を押し開けた。
玉座の間は他の場所よりも更に激しい戦いだったのだろう。柱は折れ、玉座の後ろの壁は破壊され、闇色の空が顔を覗かせていた。
ここにも兵士の死体が転がっている。激戦の後を見るに、ここが最後の防衛場所だったようだ。玉座の前に何かが転がっているのが視界に入った。
「バカな……」
思わず駆け出し、死体の側に膝をつく。血に濡れたその死体はよく知る人物だった。玉座を背に最期まで戦い続けたのだろう。遠い昔に贈ったタイタニアステッキが真っ二つになって死体のそばに転がっていた。
「なぜ……なぜ逃げなかった……ルーナ!」
血に濡れ、冷たくなった身体を抱き上げる。苦しげに歪められた表情にホメロスは自分を責めずにはいられなかった。
なぜあのとき共に連れていかなかったのだ!連れていけばルーナがここで死ぬことはなかったはずなのに!
「ルーナ……まだ逝くな……」
ルーナの身体をかき抱き、血のついたかさつくその唇に口づけ、自身の魔力を注ぎ込む。たとえルーナが魔物になってしまったとしても、もう構わない。ルーナが再び隣で笑ってくれるなら、人間でも魔物でもいい。
血の気の失せた肌の色が更に青白く、ホメロスと同じ色になる。ドク、とルーナの心臓が再び動き出す振動を感じた。
「目を覚ませ、ルーナ」
「ほめ、ろすさ、ま?」
ホメロスの呼び掛けに答えるように、ルーナの目がゆっくりと開く。赤く染まった瞳がホメロスを映した。
「良かった、来てくれた……デルカダールは守れた?」
力なく微笑みながら、ルーナは訊ねてくる。それに答えることなく、ホメロスはルーナを強く抱きしめた。
「もうデルカダールは守らなくていい。お前は俺の側にいろ」
「ホメロス様……?」
不思議そうにルーナは首を傾げる。
まだルーナは自身が魔物になったことに気づいていないようだった。勝手な自己満足で魔物にしてしまったことを彼女は責めるだろうか。少し怖くなった。
「ずっと戦ってたからかしら……なんだか、とても眠たいわ……」
「そうだな……疲れただろう?今は眠っておけ」
「うん……ホメロス様」
赤い目が瞼に隠れる。腕の中で静かに眠り始めたルーナをホメロスは愛しげに見つめた。そしてもう二度と失わないと誓った。