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09:レッドオーブ盗難事件

執務をこなして、鍛練して、時折グレイグたちと休暇を楽しむ。そんな日常を繰り返して幾時かが過ぎた。グレイグからプレゼントしてもらったデルカダールの魔導士の服もすっかり着なれたし、ホメロスから貰った両手杖も良い相棒になっている。

今日一日の仕事のスケジュールを思い出しつつ、城の廊下を歩く。分厚い本を数冊、両手で抱えるように持って、ヒールを鳴らしながらゆっくりと進む。調べものをしていて自分の部屋についつい本を持ち込みすぎた。今度からはつど図書室に戻すようにしよう。そう心に誓ったが、また本をためてしまうのだろう。

「ふぅ〜……」

本で視界が半分に遮られるし、階段に躓きそうになるしでひやひやした。やっとの思いでたどり着いた図書室の扉を肩で押し開け、中へとはいる。
紙の独特の匂いが鼻腔を擽った。たくさんの書物が本棚に隙間なく詰められている。資料室も兼ねているため、書類を纏めたものも置かれている。ルーナやホメロスはよくここに来て本を読んで勉強をしていたが、城の兵士がこの部屋に来ているのをほとんど見たことがない。

とりあえず、抱えた本を図書室に備え付けられた小さなデスクに乗せた。

ーーガタッ

「っ!?」

図書室の奥。本棚の影から物音がした。反射的に両手杖に手が伸びる。
燭台の蝋燭がちろちろと炎を揺らした。息を潜め、物音がした方に忍び寄る。書物があるため下手な魔法は使えない。どうするべきか、と本棚の影に身を隠しながら悩む。
しかし、陛下の命を狙う不届きものかもしれない。だとしたら、本なんて些細な犠牲だ。

「バギ!」

意を決して、影から飛び出し杖をつきだした。それと同時に銀の煌めきが目の前に迫った。

「くっ!」

瞬時に杖で防御する。
外したバギが敵の背後で吹き荒れた。
鴬色の服を着た男の顔はフードで隠れて見えない。短剣を力一杯弾き飛ばし、男と距離をとる。そして気づく。男の腰元に微かに見える赤い球体に。

「それは!国宝のレッドオーブ!」

「チッ、バレたか!」

「それをどうするつもりだ!!」

逃げようとする男に弱い魔法を放ち、足止めをする。そう簡単には逃がさない。そのつもりだったが男も素早かった。

「ヒャド!……あっ!」

ルーナの魔法をうまく避けると脇をすり抜けて図書室から飛び出していった。慌ててその後を追いかける。

「待ちなさい!盗人!!」

ボミエを当てようとしてもちょこまかと動くため中々当てれない。男と女の体力の差か、どんどんと距離は離されていく。周りの兵士も捕らえようとしているが、簡単にいなされ男はスピードを落とさないままだ。

あっという間に男を見失ってしまった。

「街の出口を今すぐ閉鎖して!街を出ようとするフードの怪しい男は通すな!」

「はっ!はい!!」

乱れた呼吸を整えるのもそこそこに、そばに突っ立っていた兵士を指差し命令する。
とにかく街から出れないようにして、兵士に街をくまなく探させれば捕らえられるだろう。
国宝が奪われたとなったら、大目玉だ。それに今はグレイグもホメロスも任務で城を出ている。全責任がルーナにかかってしまうのだ。なんとしてもそれだけは避けたい。
大急ぎで兵士に指示を出して、ルーナ自身も城下へ向かった。


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