11.さよならのあとに


葛城先輩は俺の顔を見て、また大きくため息をついた。そして、お茶いれてあげるね、と言ってやかんでお湯を沸かしている。俺の部屋なのに申し訳ないが、いいから座ってて、と言われたのでそれには逆らえなかった。

何もする事が出来ず、葛城先輩の背中を見つめていると玄関の戸が開いて千尋先輩が帰ってきた。
すぐに新しい靴があるのに気付いたようだ。
玄関を上がりそのままキッチンに近づく。


「来てたのか」

「来てたのかじゃないだろ。片瀬、ふらふらしてるし顔赤いし、熱あるんじゃないの」

「熱……?」


千尋先輩がこちらへずんずんと歩いてきて、額に手があてられる。
確かに千尋先輩の手は冷たくて気持ちが良かった。でも、自分でも気付かないくらいだから微熱だと思う。


「気分は?」

「別に、普通」

「片瀬は我慢するタイプなんだから、気をつけてあげないと。千尋は自分の欲を押し付け過ぎ」


葛城先輩は千尋先輩にチクチクと小言を言い続けている。そして、俺の前にあたたかいお茶をいれて置いてくれた。小言を言いつつも千尋先輩にもお茶をいれてあげるところは葛城先輩らしい所だ。
お茶を飲むと少し喉にしみた。確かに喉は荒れているかもしれない。
それはただの声の出しすぎかもしれないが。

葛城先輩の小言を無視している千尋先輩は俺の隣に座り、買ってきたおにぎりやらパンをテーブルに並べる。
流石にお腹がすいたので好きなものを適当にとって食べる。


「食べられるなら大丈夫だろ」


一応少しは心配してくれているらしい。
千尋先輩もパンの袋を開いて、食べはじめる。


「結局昨日の事は、痴話喧嘩って事でいいんだよね?」


何度もため息をついている葛城先輩には申し訳ない気持ちになる。
千尋先輩には何も答えず、素知らぬ顔をしている。


「はい、そう……だと思います」

「片瀬、大丈夫?嫌になったら直ぐに振っていいんだからね」

「アキが俺のこと嫌いになる訳ないだろ」

「千尋のその根拠の無い自信が信じられない。片瀬だって高校卒業したらかわいい女の子に取られちゃうよ。もし、女の子が恋しくなったら紹介してあげるからね」

「え、あ……はい」

「余計なことするな」

「千尋、人には優しく。恋人にはもっと優しくだよ」

「はいはい」


2人の先輩の掛け合いを聞いていると、とても面白い。普段偉そうにしている千尋先輩が大人しくしているのが可笑しかった。

今日は学校は休みだが、この後に風紀委員会の会議があるらしく2人は部屋を出ていった。

千尋先輩は、寝てろよ、と言って俺の額にキスをした。
それを見てしまった葛城先輩はびっくりした後、しょうがないなあ、という顔をして笑っていた。


「千尋からは逃げられそうにないね」

「誰が逃がすか。アキは寝てろ。会議終わったらくる。また男を連れ込むなよ」

「……うん、いってらっしゃい」

「ああ」


ガチャ、とドアが閉まる。

いつも聞く音だけど、今日は全然悲しくない。
さよならの後にはまだ続きがあるから。

やっぱり体がいつもより火照っていて、千尋先輩が帰ってきたらたくさん文句を言おう。
俺だって先輩を振り回して、慌てさせてみたい。


ベッドに入り布団かぶって、まだ少し先輩のにおいがする空気を吸い込んで目を閉じた。

少し眠って、起きたら先輩がここにいたらいいな。




***


恋ははしかのようなもの、誰でも一度は罹らなければならない。さらに、はしかと同様、本当の恋を経験するのは、たったの一度だけである。

Love is like the measles; we all have to go through it. Also like the measles we take it only once.

ジェローム・K・ジェローム(英国の作家 / 1859〜1927)


***












end.







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