撚糸 @
俺は、会社をクビになった。
理由は近年流行である、人件費削減らしい。
初めは、全力で抵抗した。
そんなこと理由にされて仕事を辞めさせられるなどたまったものではない。
クビにするとしても、こっちにだって生活も、残っている仕事も在るというのに。今すぐ辞めるわけにはいかないと断固として主張したが、決まったことは仕方がないと言われた。話をされてから早かった。
一か月も経たぬうちに、俺は会社を辞めさせられた。どうしようもなかったし、何も出来なかった。
仕事は楽しかった。それでお金がもらえるのも、評価されるのも嬉しかった。
高校も行かずに働いて、働きつめて、ようやく仕事を通して生きがいを感じていたというのに。
行き成り、社会と切り離された俺には、もう何も残っていなかった。
新しい仕事を探そうとしても、今までの努力がすべて失われる事がまたあるんじゃないか。そんな思考が頭をよぎり、俺は職案に行く気力も部屋に出る気力も失った。
塞ぎこみ、食事もせず、部屋に籠って何日も何週間も布団の中にいた。
衰弱して死にそうになったとき、偶然遊びに来た弟に助けられ、俺は、まんまと生き延びてしまった。
病院を退院してからすぐ、俺は弟家族の家に無理やり入れられた。
用意された日当たりのいい部屋のカーテンを閉め切り、俺は独りで眠り続けた。弟に叩かれた左頬がいつまでも熱い。
出来のいい優しい弟で、良き旦那。かわいい嫁さんと育ちざかりの息子。絵に描いたような幸せな家族。
その中に入ってきたのは俺というゴミ。
小さな部屋で劣等感だけを育てて5年がたった。
いつもと同じように部屋の本を読みつくす。なくなればネットで買い漁る。部屋の中には本の山。暗い空間で文字を貪り食う。文字を喰って、俺はまだ生きている。
何度も何度も読んだお気に入りの本をまた開く。物語の世界へ俺は飛び込む。深く深く沈み込んで、このまま一生浮かび上がらなければいいのに。
文字の世界にいきなり光が飛び込む。真っ赤な夕日。久しぶりの太陽の光。この世界に光を入れる不届きものはどいつだ。と、目をやると、光を零した犯人は小さな子供だった。
久々に見た、弟の息子。名前は…悠太だったか。いかにもあいつが付けそうな名前だ。そう思うと、弟の小さい頃を思い出して少し笑う。
悠太は驚いた顔をしてそのままどこかへ走って行った。なんだあいつ。
少し考えると、俺はあいつがまだ小さい頃に見たきりで、家の中でも出くわすことがなかったから無理もないか。という事にして、光の漏れる扉を閉じて再び文字の世界へもぐりこむ。
俺の優しい弟が俺を人間の欠陥品として紹介してくれるだろう。
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