撚糸 番外編
天志君 引きこもり時のヒトコマ。
「天志さん。天志さん。今日の晩御飯を持ってきましたよ」
扉の向こうから、鈴を転がしたような声が響いてくる。穏やかで優しい声。俺は、ドアを少し開ける。ドアの隙間から見えるのは、悠太によく似た、綺麗な女性。…弟の奥さんだ。
「獏さん」
「こんばんは。お腹、すいてますか?」
「はい、ありがとうございます」
「よかった。今日は、お味噌汁の味噌変えてみたんです。後で、感想教えてくださいね」
「分かりました」
笑った顔が、本当に悠太にそっくりだ。
俺はトレイに乗せられた、あったかい料理を受け取る。
真っ白なご飯と豆腐とわかめのお味噌汁とサバの味噌煮。今日は、とっても和食で旨そうだ。
「…ねぇ。天志さん」
獏さんは、少し遠慮がちに俺を呼ぶ。俺が、晩御飯から目を上げると、ふわふわとした笑顔を浮かべた獏さんがそこにいる。
「悠太といつも遊んでくれてありがとう。悠太とっても最近楽しそうなんですよ。天志君と遊んでくるーとか、天志君に聞いてくるーとか。天志さんがとってもすきなんですね」
そういえば、最近悠太は頻繁に遊びに来る。毎日じゃないなら遊びに来てもいいといったが、一日置きに来るのもどうかと思っていたところだ。そういう約束を守るのは、俺の弟にそっくりだ。
獏さんの方は、悠太を思い出しているようで、とても優しい笑顔を浮かべ話を紡ぐ。
「近頃は、今日は天志君とあそべないんだーって一日置きにがっかりするんですよ。とってもおもしろいです。はっ…悠太がご迷惑をかけていないかしら?」
「あ、それは大丈夫ですよ。俺も楽しんでますから」
これは本当だ。
「なら良かった。悠太はあの人に似ずいい子で、私のいう事も聞くので、迷惑をかけているのならば言ってくださいね。ちゃんと叱っておきますからね!」
彼女は、両手をぐっと握り、元気にいうけれど、あの人というのは夏久のことだろう。獏さんの言っていることから、やっぱり夏久は、獏さんにも迷惑をかけていたのかと、申し訳ない気持ちが生まれる。
「そんな顔、しないでください」
「!」
「夏久君は、天志さんの事大好きなんですよ。好きすぎて目の前が見えなくなってるだけなんです。あの人は、あの人なりに考えがあるんですけど、天志さんと相性が合わないんですね。傷つけたくて傷つけてるわけじゃないんです」
まっすぐ俺を見る彼女は、不安など感じることはなく、むしろ俺の事を案じてくれている。改めて、よく出来た奥さんだと思う。
「…俺は」
言葉を落とそうとするが、その言葉が出てこない。俺は、言葉をかける資格なんてない。彼女は、そんな俺を見て、また優しく笑う。
「私、このままでもいいと思ってるんですよ。私、天志さんのこと大好きです。悠太も、とても楽しそうで、きっと、これは夏久君も分かってくれていることだと思うんですけど…。でも、天志さんはよく悲しい顔をしているから…、何かお力になることができればと思うんです」
あまりの、優しい言葉に、俺が驚いていると、彼女は照れた様に身をひるがえし、お味噌汁の感想お願いしますね。と、部屋の前から立ち去って行った。
お味噌汁は、いつにも増して美味しかった。
◆
そのあとのご家族の会話
ぱちーん
「いってえ!!」
「ほんっとにあなたは何を考えてるか分からないんだから!」
「いったいなぁ!!俺がなにしたっているんだよ!!」
「天志さんを困らせないで!あなた、天志さんが好きなんでしょう?どうして、そんな嫌われるようなことばっかり言うの?!嫌われたいの?!」
「嫌われたいはずないだろ!!俺には、天志しかいなかった!!俺は昔から天志しか見てなかった!だから、俺は天志が大事なんだよ!!」
「だったらなおさら大事にしなさい!!天志さんはあなたみたいにぶきっちょなところがあるんだから、相手の事も考えないと天志さん離れちゃうわよ!!」
「ほんっとうるさいなぁ!兄さんの事で口を挟むなって言ったろ!!」
「な…!!ほんとかわいくないんだから!!!ちょっとは天志さんみたいに素直になったらどうなの!!」
「兄さんがかわいいのは認めるが、お前にそんなこと言われたくねぇ!!」
「僕、天志くんところにいってくるー」
「あ!!ほんっと悠太はいい立ち位置にいやがって!!!」
「天志さんが大好きなところは本当にあなたにそっくりね。…私も好きだけど」
「…兄さんに手をだしたりしたら許さないからな」
「しーらーなーい。きーこーえーなーい」
「こっ…!!この腹黒女!!」
「いったわね!!今日のハンバーグ減らしてやるんだから!!」
「ハンバーグを引き合いに出すなよ!!卑怯だぞ!!」
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