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 サロメ5

土方歳三という男は、色んな意味で油断も隙も無かった。


土方の横で1日の殆どを過ごすことになったありすは、任務遂行のための機会を伺っていた。
が、しかし。とにかく土方は働き詰めだ。まったく隙がない。
眠り薬を使おうとも思ったが、絶対的な監視のもと、そんなことはできなかった。見張られているのに、近づけない。思ったよりもありすは苦戦を強いられた。

比較的監視されていても楽なのは、沖田や藤堂そして原田だ。割かし自由にさせてくれるし、監視というよりかは一緒にいる、というくらいの感覚だった。

屯所内の家事を一通り終えたありすは、沖田と原田に誘いを受けて、巡察に付き添うことになった。男の格好をさせられたが、滅多にない外の空気を吸えるならば今のありすにとって大きな問題ではない。

「しかし君も、ほんと悪い時期にきちゃったよねぇ。」

京の街中を歩きながら、沖田が呟くように言った。

「悪い時期って……、昨晩のことですか?」

「まあね。でも、これ以上昨晩のことについては僕からはこれ以上言えないんだ。」

土方さんに言い付けられているからね、そう言う沖田は近くの団子屋に駆け込んだ。
原田もそれに続いて行く。ありすもその後を追った。

「そういえば、土方さんと芹沢さん、どんな話をしたんだろうな。」

原田は、出された三色の団子を頬張る。ありすも肩を小さく震わせ、反応した。

「ああ、左之さん。それがねぇ、実は……。」

沖田が、いたずらした後のような表情を浮かべる。この感じでは、何かしらつかんでいるようだ。

「総司、お前盗み聞きしてたのか?!」

「やだなぁ、盗み聞きなんて。たまたま聞こえちゃっただけだよ。……ありすちゃんが今はいるから、後で話すよ。」

「あっ、あの!差し支えなければ、私も聞きたいのですが…。」

おそるおそる、ありすは小さく手をあげた。自分についての話の内容を、自分自身が知らないわけにはいかなかった。

沖田は溜息を一つついた。

「僕なりの優しさだったんだけどなぁ……。」








沖田が渋々話した内容は、ありすの想像を絶するものだった。
芹沢鴨曰く、あの場でありすがあの化け物に襲われたとしても構わなかったという。あいつらがどのように人を襲うのか、そして化け物に食われる美女もまた一興、だと。
ありすが近藤側で預かるのにも、反対しなかったという。昼間は自分の仕事があるし、ありす自身も昼間は屯所の仕事をしている。夜中自分が必要になった時だけ、ありすを寄越せ、と。

「うわっ……そりゃひでぇな。」

原田が唖然と、口を開けたままだった。沖田も少し気まずい雰囲気だ。

「ただね、ありすちゃん。土方さんが随分怒ってくれてたよ。良かったね。」

「確かに土方さん、ありすのこと結構可愛がってるからなぁ。」

ありすにとって何が良かったのか、理解に苦しんだが、自分で聞いておいて落ち込むのもおかしい話だ。二人の笑い声に合わせて、ありすも乾き笑いでその場をしのいだ。

珍しく、その晩は芹沢鴨からお呼びがかからなかった。以前の部屋よりだいぶ狭い物置も、なんとか形になった。せっせと布団を敷き、昼間原田に買ってもらったお香を焚く。

ありすは寝る前に、隣の土方の様子を伺うことにした。
やっぱり最も人の気が緩むのは、こういった時間帯だろう。

土方の部屋からはまだ明かりが漏れていた。気付かれないくらいに小さく襖を開くと、背を向けてひたすら机に向かう土方の姿。
時折口から洩れるため息が、日々の土方の双肩にかかる重圧を物語っていた。新選組幹部からの、土方に対する信頼は厚い。また局長である近藤からの信頼も同様だ。彼ならなんとかしてくれる、だから隊士たちは自分のやるべきことだけに精を出せるのだろう。土方も、そのことは分かってる。だから二人の局長や、幹部も含めた隊士たちの板挟みに進んでなる。
土方がいなければ、新選組は成り立たない。ここに転がり込んで数週間しか経っていないありすですら分かるのだから、多分間違っていないのだろう。

(きっと私は、すごく新選組にとって大事な人を殺さなくてはならないのかもしれない……)

ありすは、そっと襖を閉めた。任務だと分かっているのに、土方を殺す気分にはなれなかった。むしろ殺してはいけない、そう思った。
自分の部屋に戻り、布団に入る。
先ほどまでの眠気は吹っ飛んでいて、ついさっき見た土方の背中ばかりを思い浮かべる。あの人はどんなことを思って、今を生きているのだろうか。また自分が(理由はよく分からないが)見てはいけないものを見てしまったせいで、余計負担が増えているのではないか。そう思うと、心が痛んだ。
おとなしくこれ以上は詮索しない方が、土方のためにもなるだろう。そう思って目を閉じた、その時。

「ありす、起きてるか?」

藤堂の声だった。
慌てて身を起こし、戸を開く。

「あれ、平助くんに……沖田さん、原田さんに斎藤さんまで……!」

新選組の幹部四人か一斉に集結している。物々しい雰囲気に、ありすは戸惑った。何かしでかして、殺されるのではないか。もしかすると本当の身分がばれてしまったのではないか、一抹の不安がよぎる。

「あんたに話すべきことがある。こちらへ。」

斎藤を先頭に、他の幹部らに囲まれて連れ出されたのは、小さな和室だった。途中芹沢鴨の部屋の前を通ったが、今夜もいないようだった。彼にも事情があるのかもしれないが、せっせか働く近藤や土方とは大違いだった。

和室には既に、山南が待っていた。
煎れたての緑茶をありすに差し出すと、「かしこまらないでください。」と微笑んだ。しかしありすにはどうにも、彼の笑い方が怖かった。

「みなさんご苦労さまです。では、さっそくですが私からお話ししましょう。」

ありすは、ごくりと唾を飲んだ。




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