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 サロメ6

待ち構えていた山南らに話があると連れて来られたありすは、生きた心地がしなかった。

仮に自分の正体がばれてしまったら、間違いなくこの場で殺される。
土方一人でも手こずっているというのに、ここにいる隊士全員にかかってこられたらまず命はないだろう。

「先日、あなたを襲った化け物についてお話しておこうと思いまして。」

山南含め、彼らの表情に変化はない。
ありすは安堵のため息をついた。

「先日って……新見さんと平間さんの件ですか…?」

「ああ、お気付きでしたか。そうです、あれはすべて芹沢さんの仕掛けたことです。」

山南が、口を開く。
斎藤のみがきちんと正座をして座っているのに対し、他の面子はかなりくつろいでいる。恐らく新選組幹部のほとんどがこの事実を既に知っているのだろう。

ありすはここで、あの化け物に羅刹という名前があることを初めて知った。そしてその羅刹には誰でもなれて、なる方法は一つ、変若水という赤い液体を飲み干すことだという。羅刹になれば、強靭な肉体、力を得られるという。新選組と幕府が秘密裏に実験を行っていると、山南はさらに付け加えた。

「そ、それは……新選組の方々が人体実験の実験台になっているということなのですか……?!」

ありすはあまりにも非情な幕府に、出る言葉すらなかった。こんなに必死に忠誠を誓っているというのに、さらに力を欲しがるというのか。

「ま、そういうことだな。強くなりてぇってのは、あったけど。」

原田が、遠くを見て言った。

「いや、我々の力不足故だ。」

斎藤は、いたって冷静。

その姿がありすには、耐えられなかった。

「こんなに皆さん頑張っていらっしゃっているのに……!そんなことを……。」

結局、新見や平間だってその犠牲者の一人だ。そして対立していたとはいえ、仲間を手にかけなくてはならなくなった土方らも、犠牲者だ。

思わずありすは、涙を流した。恐ろしいことで名が通っていた新選組だったが、数週間彼らと過ごしてその印象は変わった。そんな新選組が、こんなことで傷付いていくことが、悔しかった。

「おやおや、泣かないでください。……土方くんの言うとおり、あなたには話してよかった。我々の為に涙を流してくれる、素敵なお嬢さんだとは思っていませんでした。」

「……え、土方さんが……?」

「ええ。彼女はきっと羅刹を見て動揺してるに違いない、と。だからこの事実を伝えるべきだ、悪い人ではないからと、ね。」

その事実に、ありすは再び涙を流した。これからその土方を殺さなくてはいけない人間が、なぜこんなに優しくされているのか。優しくされて、嬉しいのだろうか。

「……芹沢さんは、どう思ってるか知らないけどね。」

沖田が水を差すように、呟いた。
頭の後ろで手を組み、壁に寄りかかっているあたり、悪びれる様子もない。
半分面白がっているようだった。

確かにありすを羅刹に襲わせた張本人が芹沢鴨ならば、芹沢鴨だけはこの状況を楽しんでいるのかもしれない。だがありすには、そうは思えなかった。

「芹沢さんこそ……力に狂わされた一番の犠牲者なのかも、しれませんね……。」

より力を求めて、強くなるために。
実験に実験を重ね、気付いた時には周りの人間を失った。
ありすにとっては、芹沢鴨が変若水の一番の犠牲者のように思えた。
それは、芹沢鴨の男としての一面を見ているからだろうか。あまりにも欲求に愚直な男だ、ということを知っているからだろうか。

「おや……噂をすれば、芹沢さんのお出ましです、ね。」

隊士たちの視線が、一斉に開かれた襖に注がれた。
そこには怒りに狂ったかのようにも見える、芹沢鴨の姿があった。

こんな夜中に、ほかの男とぬけぬけと。
芹沢鴨はそうありすを罵ると、ありすの手首を思いっきり捻った。激痛にありすが叫ぼうとも、芹沢鴨は容赦無くそのまま手首を引っ張る。
藤堂や原田が止めに入る声が聞こえたが、そんなものなど聞き入られるわけもなく、ありすは少し先のあっという間に芹沢鴨の部屋に投げ入れられた。

何の言葉も無く、身に付けていたものを剥がされていく。
まるで、虎に目を付けられた兎のような状態だ。間違いなく、食われる。
ありすは捻られた手首の痛みと、恐らくこのあとありすを襲う愛の欠片もない夜伽の痛みに、目を伏せた。

「お前は買われた身だ。好き勝手させてもらう。」

芹沢鴨の言葉に、ありすは目眩をおこしそうになるのを感じる。
確かに芹沢鴨に連れ込まれたのは事実だが、買われた覚えはない。もし芹沢鴨の中でそのように思われているのならば、それば誤解だ。

いやだ、もう限界だ。
芹沢鴨の手がありすの裸体に触れようとした、その時。

「芹沢さん、そのやり方は少しいただけねぇなあ。」

いつの間にか、そのに立っていたのは土方だった。呆気にとられる芹沢鴨をよそに、ありすはその隙に逃げ出した。途中足元をとられ、よろけそうになる。
やって来るはずの衝撃は、思ったよりも柔らかかった。ありすの体はしっかりと土方に抱えられ、芹沢鴨から庇われるように収められていた。

「芹沢さん、誤解してもらっちゃ困る。ありすはまだ芹沢さんのもんじゃねぇ。傷ものにしちゃ、相手方から文句がくるだろ。」

芹沢鴨は高々と笑った。
お前はまだ分かっていないな、そう吐き捨てると、土方とありすを部屋から追い出すように布団に入って行った。
いずれこの意味が分かるだろう、そう呟き芹沢鴨は二人に背を向けた。

土方は更にその意味を問いただそうとしたが、自分の手元でありすが震えているのを見ると、何も言わなかった。散らばったありすの着物をかき集めると、その一枚をありすに掛ける。残りのものは適当にありすに持たせた。そしてただ吐き捨てるように、行くぞ、とその場を後にした。

「ありす、大丈夫か。」

「はっ、はい、大丈夫です。ありがとうございます……。」

これでありすが土方に救われるのは、二度目だ。そして状況は、相手は違えども一緒だ。

「大丈夫じゃねぇだろ。手首、腫れ上がってんぞ。しばらくは無理するな。暫くは総司や平助あたりとでも遊んでろ。」

「いえっ、いつも通りやらせてください。本当に、大丈夫ですから。」

ありすはどうしても土方の前で、泣きたくなかった。こうして強がってでもいないと、どうにも堪えられそうもなくて、必死に平静を振舞っていた。

土方は大きくため息をひとつつくと、自分の部屋の襖を開けた。

「とにかく無茶すんじゃねぇ。隣には俺がいる。何かあったら、呼んでくれ。」

「お気遣い頂きありがとうございます。おやすみなさいませ。」

ああ、と小さな返事が返ってきた。
土方の背中が見えなくなったと思えば、瞬く間に目から零れるものをありすは感じた。

土方に気付かれぬよう、そっと声を押し殺す。芹沢鴨に傷付けられた手首が、痛々しい。
そして土方の優しさが、心の奥底まで染み渡る。暖かくて、頼りがいがあって。

(彼を殺したくない………!)

この日初めて、ありすは自分の運命を恨んだのだった。




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