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 Mr.Holiday

まるでオアシスのようね


(無理だ、疲れた…………)

パソコンのシャットダウンのボタンを、ダブルクリックする。と同時に山積みになった資料にダイブした。
ばさばさ、と紙が空を舞う。それはデスクに突っ伏した私の頭上に、容赦無く降りかかった。

私の心は、カラカラだ。

立て続けに入ってきた仕事にようやく見通しがついたのだけど、その道のりがとてつもなく長丁場になりそうだった。しかも面倒な後輩のお世話もしなくちゃいけないし、上司との間では小さな揉め事のせいで板挟みになっている。くそ、ゆとり世代め。上司のご機嫌くらいとっておけ。

おかげでプライベートはすっかりご無沙汰だ。お昼休みの一時間ですら、うかうかしてられない。人間こんなに働くとこうなるんだな………。

(どうしよう、こんなに放ったらかしにしたら、左之助くんにフられそう……)

ふと、2歳年上の彼のことを思った。
もちろん彼のことは大好きだし、会いたい。だけどこのヘトヘトな状態では、気力がまったくない。
結局いかに早くベットに入るしか考えられないのだ。

(あー会いたいなぁ………)

誰もいない、オフィスが寂しさをさらに物語る。フロアの半分の電気は既に消されている。

左之助くんが、空から降ってくればいいのに。積まれた資料を枕にして、目を閉じた。









遠くで着信音が鳴り響く。
ゆっくり目を開くと、それが自分の携帯電話からだということに気付いた。

(仕事の話はもう勘弁だよ……)

いやいや電話を手に取った。
だけど憂鬱なのは、ディスプレイに表示された電話主の名前を見て一瞬で吹き飛んだ。

「もっ、もしもし!左之助くん?」

大好きな、彼からの着信だった。

『わり、仕事中だったか?』

「う、うん。でも疲れてちょっとうたた寝しちゃってた。もう帰るとこ。」

目の前に散乱した資料を、適当にまとめる。手が隣の資料の山にあたって、雪崩を起こした。ざざざ…と音が響く。

『おい、大丈夫か?』

その音は左之助くんにも聞こえたらしく、心配そうな声が聞こえた。

「あ、平気。ごめん、その、ヤバくて。」

『電話、また掛け直すか?』

私は、いやだって言った。
だって左之助くんの声聞いただけで、すっごく幸せを感じる。

なんだか乾いた身体に、すぅっとお水が通っていくみたいに感じる。
カラカラだった私の心に水が通って、お花が彩り咲くような、錯覚におそわれる。

「もう少し、左之助くんの声聞いていたいの……。」

そんな意味で、彼の声はとても心地がいい。なにかの魔力をもっているようだ。

電話越しに彼が笑うのが、聞こえた。ついでに、ありすは可愛いな、と。


『もう終電過ぎてるだろ?』

時計をちらっと見れば、既に終電はなくなっていて。我に返ってしまった。

「うわっ、本当だ。こんな時間だったなんて……」

こんな時のためのお泊りセットを引っ張り出した。メイク落としと、化粧水、替えの下着もある。それで明日の始発で、帰るしかない。

『会社で待ってろよ。今から車で迎えに行ってやるからさ。』

「えっ、こんな遅くに悪いよ!」

『んなこと、ねぇよ。』

今度は電話越しが騒がしくなった。
チャリン、と車のキーらしき金属音が鳴った。

『明日は祝日だろ?このまま俺の家こいよ。』



唐突に切られた電話。
顔が熱いのは、きっと疲れだけじゃないはずだ。





end






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