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 The first cry

平和への産声を、今。



海に面した港町。
船の汽笛が絶えず鳴り響き、人が忙しなく動いている。

今日、俺はこの日本を離れ、満州に旅立つ。正しくは俺たち、か。
しっかりと手を繋いだ先には、控え目な色の着物を着た女がいる。

一生をかけて守らなくてはいけない、女だ。

俺たちはともに、二度と戻れないであろう旅にでる。








事の始まりは、俺が新選組や新八と別れ、たった一人であの戦場にやって来たことだった。
そこで出会ったは、本来こんな所に縁がなさそうな、華奢な女だった。
刀をや銃を片手に戦場を駆けずり回り、敵と戦う。その結い上げた長髪と、その華麗な刀捌きは土方さんを思い出させるものだった。

周囲には男と偽り、戦闘に参加していた。偶然にも親しくなった俺には、周囲には言わないこと、自分を否定しないことを条件に女であることを打ち明けてくれた。

確かに女は戦場に出るべきじゃねぇ。
が、彼女のあまりにも凛とした気迫に何も言えなかった。
むしろそこまで彼女を駆り立てるものは何なのか、俺は気になっていた。

「父が、この戦で死にました。私は父を殺したやつに復讐したい、それだけです。」

ある時、アイツはそう言った。
いつもの柔らかな瞳が、暗闇に包まれた。彼女の瞳には、思ったよりも暗い世界が写っていたのかもしれない。

「……この中から探せるあてはあんのか?」

「……いいえ、ありません。」

「じゃあ、お前さんの望みは、復讐すべき相手をみつけることか?」

その望みに、乗ってやってもいい。俺はそう思った。なんせこの女は、上等だからだ。

「いいえ、違います。」

予想外の答えに、俺は顔を上げた。
復讐に燃えた、アイツの冷たい目が未来を掴んでいた。

「私の望みは、戦いのない平和な世界で暮らすことです。」

そうしたら、父を失うこともなかったのに。彼女は寂し気に言った。


それから戦いは、終焉を迎えた。
失った仲間は多かったが、俺はそれ以上に最高なものを手に入れた。
いろいろあったが、俺はアイツの心を手に入れたのだ。アイツも俺の事を好いてくれている。
戦場という極限の状況で、唯一であった女に心惹かれるのは当然かもしれない。
だがそれ以上に、俺は彼女の望みを叶えてやりたくなった。

平和な、戦いのない世界で暮らすこと。

時代が変わろうとしている、今の日本では無理かもしれない。アイツはそう言った。

だから俺は決めた。



「ありす、満州に渡って俺と一生を過さねぇか。」


アイツに出会う前、満州への繋がりを持っている奴と知り合った。
そいつの伝を辿れば、日本の外へでることなど簡単だろう。
だが、見知らぬ土地でたった二人で生活していくことは、思っている以上に難しいだろう。何をして食っていく?言葉は通じるのか?そんな場所で、この女を守り切れるのか?

だけどアイツは、しっかりと首を縦に振ったのだ。








満州行きは、とんとん拍子で事が進んだ。その知り合いってのがだいぶ良くしてくれたおかげで、立派な船をだしてくれたのだ。

日が高く昇りはじめたころ、荷物を積み終え、俺たちは最後になるであろう日本の景色を目に焼き付けていた。

「ありす、本当に迷いはねぇな?」

「もちろんです。左之助さんのお側なら、どこでも。そしてそれが平和な世界なら。」

まったく面白れぇ女だ。
従順だと思ったら、とんでもなく意思が強い。

「……左之助さん、ひとつお聞きしたいことが。」

風が強く吹いた。
ありすの透き通った黒髪が小さく舞いあがった。

「平和、とはなんでしょうか?戦いがないだけ、ですか?」

あんなに狂おしく望んでいたのはずなのに、実はよく分からないのです。
ありすは、照れ臭そうに笑った。

潮風が優しく俺たちを包む。
まるでこの旅立ちを、祝福しているかのようだった。

「……平和ってのは、な。」

ありすの体を、俺は力強く抱きしめた。
知らない異国でだからこそ、こいつを守り抜く、と。

「愛する人と過ごす日々が、当たり前になることだよ。」

いつしか二人でいることが当たり前になる。あるはずのない永遠を信じるようになる。
その時が本当に、平穏が訪れたということだ。

「……愛する人なら、何人でも?」

ふとありすが、自分の腹部に手をあてた。
最初はその不可解な行動が理解できなかったけれど、その意味はすぐに理解できた。

「お前さん、まさか………?」

「はい。お医者さんにみてもらいました。私と左之助さんの、赤ちゃんがいますよ。」


ありすは優しく微笑んだ。
もうそれは、母親の顔だった。


遠くで俺たちを呼ぶ声がした。
急いでありすの手を取り直し、船へと乗り込む。


「満州は、どんなところでしょうかね。」

その声に不安は感じられなかった。









「平和なとこだよ、きっと。」






俺たちの乗った船は、こうして日本を離れていったのだった。




end














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