◎ For South
自分でも、つくづくバカだと思う。
ナイトワークで生計を立てている自分にとって、朝の9時というのは一般人でいうと深夜の2時くらいにあたる。
鉛のように重たい体を持ち上げて、お構いなしにやってくる睡魔と戦う。
本来ならば、起きなくてもいい時間なのだけど、今日は特別。
時計を見て驚いた。時間がない。とにかく財布と携帯だけつかんで、家をとびだす。
そう、私の義務はパチンコの整理券を入手すること。
パチンコで勝つためには、とにかく台選びが重要だ。釘読みといわれるこの作業は(作業だなんて偉そうなことじゃないけど)今日一日の勝負を決める。より当たりやすい、より勝てそうな台のためなら、早起きだってなんでもする。
はじめは自分でもダメだと思っていた。ダメと分かっても、ドーパミンを放出したがる脳が、私を突き動かす。最近ではもう、この為に早起きするだけでドーパミンが放出される。つくづくダメ女だ。もう、慣れたけど。
整理券を受け取った後、適当に時間を潰し、いよいよ入店。早足で店内を一周する。めぼしい台があったら、とりあえずキープする。
決めた。今日はこの台にする。両隣りの台はクソみたいに当たらなさそうだから、人は来ないだろう。快適かつ大当たりが期待できるなんて、最高な一日だ。
開店から数十分もすれば、あのパチンコ屋独特の音と匂いが充満し始めた。もちろん私も一役買っている。なかなか上々の滑り出し、たばこが、うまい。
『大当たり、確定です!』
可愛らしい女の子の声と同時に、吐き出される大量のパチンコ玉。
ひと段落ついたので、おしぼりを取りに席を立った。一応ネイルが汚れるのは勘弁だ。
思えば私、いつこんなにダメ女になったのだろう。
席を立つとどうにも周りが客観的に見えてきて、私もこの一部なんだと、我ながら呆れた。
一方で、クズはクズ同士集まっていれば平和なのだと感じる。
よくギャンブル依存症の旦那に人生めちゃくちゃにされたとか言うけど、こっちの世界に足を突っ込んだあんたが悪い。要するに、見抜けなかったあんたが悪いのだと。
そんな事を思いながら、席に戻る。
先ほどと少し景色が違っていた。その原因は、私の隣に人影があったからだ。
台に肘をのせ、私の方をにやにやと見ている、赤毛の男性。
Tシャツとハーフパンツを適当に着こなしている。なかなかの、美男子、だ。
快適な私の娯楽を邪魔するとは。
草食系男子が蔓延おる中、なかなか度胸のあるやつも生き残っていたのだと、少々感心したけれど、やはり気に入らない。
私が一瞬知らんぷりすると、ちょいちょいっと手招きした。
「.....その台、最悪よ?」
「わぁてるよ、んなこと。」
何事もなかったように、先ほど席を立ったついでに買ったカードを投入する。
調子がいい時は、とことん、いい。これが私の勝負スタイルだ。
「……お前さん、すげぇな。」
見知らぬ、隣で余裕こいてる男性が感心している。
「そんな人様に感心している暇があったら、貴方も大当たりに勤しむことね。」
『まだまだいけます!!』
女の子の声が、私を煽る。
すかさず右打ちを仕掛けた。
「でもよ、俺の台、だめなんだろ?だったらおしゃべり付き合ってくれよ。」
「だったら、ここに何しにきたの。神聖な賭け事の世界に土足で踏み込むようなことは、しないでちょうだい。」
ちょっと私もバカみたいなこと言ったけど。邪魔しないでほしいのは、紛れもない本音だ。じろじろと、彼の目線がどうにも気に障る。
「俺はな、お前さんみてーな美人さんと喋りにきた。」
「お世辞言っても、大当たりはこないわよ。」
彼ほどの見た目なら、たいていの女性は手に入るだろう。なにもこんな所で。
「俺は原田だ。よろしく。」
原田、という男は右手を差し出した。
握手を求めているのだろうが、あいにく私の右手は大忙しだ。
「悪いけど、他をあったって………」
その刹那、視界が彼の顔でいっぱいになり、唇に柔らかい感触を覚える。
まさか、パチンコ屋で、キスされるとは。
「あんまりにも俺のことみてくれねぇからよ。」
ついキス、しちまった。
悪気もなくこちらを見る彼に、さすがの私も右手を止めた。
「あなた、ちょっとはじめから……」
「いやいや。お前さんが、悪い。」
美男子の、にっこりスマイル。
一瞬殴りそうになったけど、ちょっと面白くなってきた。
「そうですか。で、あなたは私に何を望んでるの?」
「そーだな。とりあえず飲みにでもいこうぜ?」
時刻は正午を回ったところだ。
普通はこんな真っ昼間から、と思うだろうが、私みたいな人にとって飲みにいこうは、お茶しようくらいのレベルだ。
「どこ、に?」
彼は顎に手をおき、適当に悩む。
「遠くに行こうぜ。今日中に帰れないような。」
彼が望むのが、大体読めた。
私はなんとなく、その誘いにのった。
「しこたま飲めば、近場でも今日中には帰れないわ。」
end
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