◎ 渚とシークレットデイズ
この指先から、どきどきが零れてしまいそう。
お盆が過ぎた頃。
私と一くんは、初めて一緒に旅行に出掛けた。
お付き合いを始めて、約一年。どちらかの家にお泊りしたこともなかったから、彼と一晩一緒に居るのはこれが最初の経験。
どんなことが起きるのか、だいたい予想はつくけれど。それでも一くんと一緒に居れる、と考えるだけでこの旅行がすっごく楽しみだった。
旅行先に選んだのは、小さな離れ小島だった。私たちの住んでるところから、1時間ちょっと電車に揺られてさらに船で30分。一周するのに半日もかからないその島は、海がみたい、そして自然にふれてみたい。そんな私の希望を元に、一くんが選んでくれた。
その島の多くを占めるリゾート施設があり、海を眺めながらプールで泳げ、エスニックな庭園も備わっている。宿泊施設も併設されていて、コテージのように分かれた部屋に、今夜は泊まる、そう一くんに聞かされた。
船を降り、チェックインを済ませると、コテージに案内された。適度に離れて建っているのが、いい。南国調のドアをあけると、低めのベットが二つと、簡素な椅子とテーブル。そしてシャワールームらしき扉が奥の方に見えた。一くんのチョイスはすごい。私はこんなような場所をイメージしていたんだ。
係りの人から宿泊についての説明を簡単に受けると、さっきより日差しが強くなっていた。
「一くん!最高のプール日和だね!早くいこ!」
荷物を簡単に纏め、水着を取り出した。いつも友達とのプールならお構いなしに着替えるのだけど、今日は少し事情が違う。
「……わ、わたし。あっちで着替えてくるっ!」
さすがに純情に振舞い過ぎるのもよくない。少しは一くんが男というこを意識しなくてはならない。まあそれ以上に、まず私が恥ずかしいのだけど。
(一くん……どんな風に思うかな…)
着替え終わると、その自分の姿を確認した。
水色の記事にフリルをあしらった、あまり露出度の少ない水着。セットのスカートも他のものと比べれば長く、気になる太ももを隠すにはちょうどいい。
(水色かピンクで迷ったんだけど……どうしよう、ピンクの方が好きだっら!!)
それは一くんに伝えなければ比べられることもないけど、実は一くんの好きな色をよく知らない。どんな服装が好き?と聞いても具体的な返事は聞いたことなかったし、この水着を選ぶのに数時間を要した。
おそるおそる扉を開くと、既に着替え終えた一くんがいて。お待たせ、と声をかけると、少し目のやり場に困った表情を浮かべた。
Tシャツをしっかり着ている一くんの上半身は、どうやらまだ拝めそうにない。絶対肌、白そう。
ビーチサンダルでよぼつきながら、石段を下る。海が近くに見えたとおもったら、そこに目的のプールがあった。
宿泊する人は、無料でバスタオルとか使えるみたいで、一くんの用意周到っぷりは驚いた。ビーチサイドに荷物を置いて、羽織っていたものを脱ぐ。
少し気恥ずかしい気もしたけど、目の前の日差しできらきら光るプールに早く入りたくて、勢い任せに飛び出した。
「ひゃっ、冷た!思ったより冷たいよっ!」
少し足先をつければ、天気には似合わない水温を感じた。
一くんは顔色一つ変えずに全身を水につけている。
「一くん、寒くないの?」
「入ってしまえばさほど気にはならん。ほら、来るといい。」
一くんがそっと手を差し伸べた。
そのとき、目に入ったのは。
(うっわ……肌、白いっ!)
ちょこっと見えた、一くんの上半身。
水の中じゃ分かり難かったけど、太陽のもとに晒されると、一目瞭然。女子でも羨んでしまうような、白い肌だった。
平静を装いながら、プールサイドに腰掛けてそっと一くんの手をとる。
柔らかな手が、私をゆるく引っ張った。
「ん……冷た、い。」
ゆっくり身を沈めてもやっぱり冷たかった。
「少し慣れるといい。そのまま手を、離すな。」
一くんはそのまま手を引っ張ってくれて。足を水底から離せば、スイミングスクールの先生と生徒みたいだった。
端っこまで泳げば、一くんの言った通りだいぶ慣れてきたみたいで。
もう大丈夫だよ、そう笑顔で一くんに伝えた。
だけど、その手は離されることなくて。
「もう、慣れたよ?ありがとう!」
「いや、あんたが溺れると困る。こうしていよう。」
「別に私、泳げないわけじゃ……」
一くんは頑なに手を離さない。
別に泳げないわけではないし、大丈夫だと言っているのに。
その時ふと顔を赤らめている一くんを見て、その理由がなんとなく分かった。
「私も手を繋いでいたいの!」
水の中でも一緒にいたいのは、私も同じ。
こんなとき素直でない一くんに、また愛しさが溢れてきた。
その後はプールから見える海を眺めたり、水に浸かりながら他愛のない話をしたり。
今日の夕飯はバーベキューだから、あをんなものこんなもの食べたいとか、言い合った。
一くんがお魚好きだったのも、今日初めて知った。付き合ってからだいぶ日が経つのに、お互い知らないことだらけなのね。そう見つめ合って、笑った。
もちろん手を繋ぎながら。
「そういえば、あのお店のかき氷って、そろそろラストオーダーかな?」
「4時には閉まると言っていたな。そろそろ、プールをでよう。」
チェックインの時教えてもらったのだけど、施設にあるプールバーでかき氷が振る舞われるらしい。フルーツがたっぷりのったそれを、私が食べ損ねるわけがない。
プールから上がろうと、梯子を探した。生憎真反対にあったので、仕方なく一くんの手を引いたとき。
「最後くらい、送っていこう。」
ざぱん、と水が音をたてれば。
一くんの手が、私の足と背中をしっかり抱きかかえていた。
(お姫様だっこ…………!!!)
時々太ももに感じる、 一くんの男らしい手。もちろん太ももなんて触れられたことなんてないから、心臓の音が聞こえそうなくらい高鳴る。
「一くんっ……恥ずかしいよっ…」
今は一くんの顔が見れなかった。
だって、こんなに近くにあるんだもの。
そんなことお構いなしに、一くんが水中を進む。挙句の果てに、しっかり捕まってろ、だって。
「そんな、触れられると照れちゃうよ、一くん……」
私は、腕の中ですっぽり埋れていた。
一くんが、普段触れないようなところに、触れているのだもの。
初めての感触に、どうしたらよいのか分からなかった。
プールの真ん中で、一くんが立ち止まる。
もう一度私を担ぎ直すと、その顔がさらに近付いた。
「夜はあんたにもっと触れたい。覚悟しておくんだな。」
小さな声で、囁かれた。
それだけで、私は胸がきゅんと締め付けられて。
返事ができなかった。
だから彼の首に手を回した。
私の高鳴る鼓動にのって、この想いが届けばいい。
そう願いを込めた。
end
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