◎ Life Goes On!
今日からは、自主的に風紀を乱していきましょう
ピッ、ピッーーー!!!
薄桜高校の朝は賑やかだ。
それは登校時間前からいえることで、朝から軽快な笛の音が響く。
この笛を鳴らすのは、私たち風紀委員だ。学校の秩序と風紀を守る為に結成されたこの委員会は、あらゆる場面で生徒を統制している。
朝一番の仕事は、生徒の遅刻チェック。時間厳守は学校生活の基本、だからこうして監視の目を光らせている。
朝礼のチャイムが、タイムアップを知らせると、私たちの本領はここから発揮される。
時間内に登校した生徒には、満面の笑みを。間に合わなかった生徒には、雷どっかん、だ。
「今日も多いね。何人かは3回目の遅刻だから、ペナルティかな。」
記入表に書き込みをしながら、私は一君に報告する。
一君、泣く子も黙る、薄桜高校風紀委員風紀委員長、斎藤一君だ。
見た目はまったく威厳がない、むしろ先輩に可愛がられるタイプなのだが、その委員会の仕切りっぷりは恐ろしい。1mmの猶予も与えない、超絶堅物完全無欠男である。
「わかった、処分は俺が考えよう。今朝はここまでとするか。ありがとう、ありす。」
一年くらい一緒に仕事をしていたから、お互い名前で呼び合うくらいの仲だし、一君はけっこう私に心開いてくれていると思う。
ただ最近気になるのは、一君はきっと私の事が好きだということだ。
もちろん私はまだまだ人生経験は浅ほうだ。だけど彼の好意は、目に見えてわかる。本当に、わかりやすい。これが誤解だったら、私は死ねる。
けれども一君は、その好意というものをどうしようもしない。ただ漠然と抱えたままで、身体中で表現しながらも、決して私に向けようとしない。
迷惑なのは、私のほうだ。
私だって意識してしまうじゃない。
ある日の放課後、いつも通りに委員会の仕事に追われていた。
一君が資料に目を通し、ラインマーカーで線を引いたり、なにかをメモしたり。私も似たような作業を繰り返す。
ふと顔を上げると、懸命に書類とにらめっこする、一君の姿が。
(よくみると、睫毛、ながいなぁ……)
化粧禁止の校則のおかけで、私の短い睫毛はそのまんまだ。それに比べて、一君のは綺麗に天井にむかっている。
(すっごく、肌白いんだなぁ……)
まるでシルクを纏っているかのようなその肌は、少しの凹凸もない。
女の子がみても羨ましいくらいの美貌を持つ彼なら、望んだまま女性を手に入れることができるだろうに。
もちろん私を含めて。
それでもなぜ。
「……さっきから、こちらを随分と見ているが、何の用だ。」
少し照れ臭そうに一くんがこちらの見た。
頬が可愛くピンクに染まっている。そりゃそうよね、好きな女の子にこんなに見つめられたら、誰だって恥ずかしくなるもの。
「んー?一くんって、とってもきれいだなぁと思って。」
一くんの肩が大きく跳ねた。本当に、わかりやすいんだから。
「...きれい、という言葉は普通女性に使うものではないか...?」
「私を、含めて?」
ちょっとからかってみた。一くんは、口を金魚みたいにぱくぱくさせて困っている。
やがてしぶしぶ小声で言った。
「....ありす、含めて、だ。」
さすがに、これは心臓によくない。こんな美男子に好意を持ってもらっているのに、放置しておく理由はない。
事実私だって、意識していたわけだし。
私は席をたって、向かい側に座っていた一くんの横に座り直した。
仕事をしろ、と言いかけた一くんだけど、どうにもこっちが気になって仕方ないみたい。
「一くん、....私のこと、好きでしょ?」
カラン、と一くんはペンを落とした。まったく図星。マンガにででくるような反応だ。
「だったら、なんだっていうの、か。」
「付き合おうよ。」
だって普通そうでしょう。好きな子ができたら、告白して(成功するか玉砕するかはわからないけど)。これこそ純情高校生青春の1ページだ。
それなのに、彼はまったくそれをしようとしない。
私に対する好意はとどめておきたいくらい犯せないものなのか、それとも勝ち目がないと思っているのか、それともただの、情?
とにかく彼の真意が知りたかった。
「....学内で異性と恋愛をするなど、自ら風紀を乱すことはしたくない。」
はぁ、そういうことか。それでは彼にとって、恋愛とは。
「一くんは、恋愛感情が風紀を乱すような悪いものだって、思っているの?」
私はそうじゃないと思う。恋愛はとってもステキな感情だと思うのだけど。考えは人それぞれだから。
一くんは、何か言いたそうだったけど、うまく言葉がでてこないみたいで。瞬きの回数が、数分前と比べて倍増している。
「学内がだめなら、学外で恋愛すればいいじゃない。公私混同している人、私だめだなぁ。」
わざと一くんの名前を挙げなかったけど、一君自身自分のことだってことは理解しているみたい。からかうと面白いなぁ、この人。
一君は、居心地悪かったのか、仕事に戻った。
(その戻り方も、だいぶわざとらしいけど、ね。)
何事もなかっかのように、仕事を再開する。
時計が規則正しくリズムを刻み、外からは部活の勇ましい掛け声が聞こえてくる。
先ほどと変わらない、風紀委員の仕事。
「....これに、目を通してもらっていいか。」
委員長直々にお仕事を頂戴する。分厚い資料には、数分前に見た覚えのある内容が書かれていた。
「一君?私、これ見たよ?」
「新しいのが、追加されているはず、だ。」
よくわからなかったが、しぶしぶ受け取った資料を開く。そして見覚えのないページを探す。
ペラリ、紙が一枚こぼれ落ちた。塵ひとつない(だって一君が毎日掃除しているから)床に手を伸ばし、拾い上げた。
B5に紙に、ほんの数行。
一君の丁寧な文字で。
『帰りに言いたいことがある。学校でたら、時間をくれ』
斎藤一、泣く子も黙る、薄桜高校風紀委員風紀委員長。
見た目はまったく威厳がない、むしろ先輩に可愛がられるタイプなのだが、その委員会の仕切りっぷりは恐ろしい。1mmの猶予も与えない、超絶堅物完全無欠男である。
そして数時間後に、私の愛しい人となる、男。
end
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