◎ 流星群
沖田先輩は、かっこいい。
何がかっこいいかって、わからないくらいに全部かっこいい。
大学に入学して、部活の勧誘で出会った沖田先輩に一目惚れして、迷うことなく沖田先輩のいる剣道部に入部した。剣道はやったことないから、私はマネージャー。100回に1回くらい返ってくる「ありがとう」が嬉しくて、そのためにならいくらでも頑張れる。
今日から、4日間合宿で寝食をともにする。沖田先輩と一つ屋根の下ってだけでも舞い上がれそうなのに、やっぱり一番のお楽しみは最後の夜の流星群を見ること。
私たちが選んだ合宿地の高原で、たまたまその日見られる流星群。毎年恒例だというお化け屋敷を取り止めて、こうなった。お化け屋敷より、絶対いい。どうせ私はお化け役になるだろうから。
慣れない道を歩く。
夜空にはもう十分なくらい、星が瞬いているというのに、これよりすごい星空ってなんだろう。
それを、あの沖田先輩と一緒に見れるなんて、私の日頃の行いが良かったに間違いない。
多分沖田先輩は、私の気持ちなど既に分かっている。
分かってるけど、あえて何もない。
初恋は叶わないっていうけど、本当にそうだ。きっと沖田先輩にとって、私なんぞ、ただのマネージャーに過ぎない。もしかしたら、勘違いした痛いマネージャーなんて、思ってるかもしれない。
「ここです、みなさんっ!」
私の一つ上、つまり沖田先輩と同期の雪村先輩が大きく手を降った。
雪村先輩も、マネージャーとして剣道部を支えている。というか、剣道部の敏腕マネージャーとして、99%剣道部を影から支えているのは雪村先輩だ。あとの1%は、プレイヤーの皆と願わくば、私。
おそらく、雪村先輩も沖田先輩に好意がある。そして沖田先輩の心のベクトルは、確実に雪村先輩の方を向いている。
多分私なんぞが、雪村先輩と戦えるわけない。だからこの初恋は、より一層酸っぱいものとなる。
急な坂を登れば、一面に広がる夜空。
既にちらちらと、流れ星が落ちている。
「うわぁ……きれい。」
私の呟きなんて、誰も聞いているわけもなく。振り返れば、子どもみたいにはしゃぐ先輩たちの姿。
「千鶴ちゃん、見頃はいつなの?」
「あっ、21時43分だから……あと7分!」
多分今ここで、雪村先輩と沖田先輩だけを切り取ったら、紛れもないカップルにみえる。
きっと他の人たちにもそう見えるだろう。誰も私のことなんて、頭の片隅にもない。
雪村先輩の言うとおり、予定時刻になればいっせいに星が降り注ぐ。
はしゃぐ人もいれば、指を絡めてお祈りする人、思い思いに願いを込めている。
沖田先輩と、お付き合いできますように。
多分、私でも知らないうちに心に秘めたお願い事は、これじゃない。
確かにお付き合いしたい、とか思ったりそうでなかったり。だけどこんなに胸が苦しくても、付き合うとこがゴールじゃないのは、なんとなく感じている。
じゃあ、私のお願い事はなんだろう。
どんっ、と背中に鈍い痛みを感じた。
何かすごく大きなものがぶつかった感触。何事かと振り返れば…
「ごめん、ありすちゃん。」
双眼鏡を片手にした、沖田先輩だった。
「大丈夫?つい夢中になっちゃってさぁ。」
「あっ、いえ、大丈夫です!…その、よく見えますか?」
突然の王子様の登場に、私の心臓は全勢力をあげて鼓動を打っている。
沖田先輩とぶつかっちゃった、それだけで胸が苦しくなる。
「まぁね。でも、星をじっくり観察するよりは流れ星にお願い事たくさんした方が、有意義かなぁ。」
はは、と沖田先輩が笑う。
またそれも素敵すぎて、心臓が飛び出しそう。
「沖田先輩の、お願い事は?」
「うーんとね、剣道の上達と土方先生の解任かな。」
顧問の土方先生は、文学部の教授だけど、剣道がうまい。だから練習によく顔を出すのだけれど、とにかく沖田先輩と仲が悪い。仲が悪い、というか仲良いというか。
「ありすちゃんは?お願い事しないの?」
「えっ、あっ、はい!えっと……私は……」
沖田先輩ともっと仲良くしたいです、とか私だけを見てください、とか。
(言えるわけないじゃない……)
みるみるうちに、顔に熱が集まっていくのが分かる。きっと今の私は、茹で蛸だ。
見兼ねた沖田先輩が、苦笑した。
「お願い事なんてさ、もっと簡単なものでいいんじゃない?」
ぽん、と沖田先輩の手が肩に触れた。
そして去って行く、沖田先輩。
ああ、だめ。
行かないで。
もっと側に居て。
何もしなくていいから。
それはどうしてって?
貴方が好きだから。
ねえ、好きだって伝えたら?
貴方はなんと言う?
それが怖くて、私は何にも進めていない。
きっと沖田先輩は、雪村先輩のことが好きだから、その現実を突き付けられるのが怖くて、認めたくなくて。
ただこうして、優しく触れてくれる沖田先輩を期待している。
(好きって言えたら、いいのになぁ………)
空を見上げれば、きらりと星がまた一つ落ちた。
(あれ、お願い事しちゃった……)
どうか、貴方にこの気持ちを伝えられる日まで。
流星群
(言葉にできないのなら、それは無いものに等しくて)
end
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