◎ Seacret Path
総司くんとは、高校一年生の秋からお付き合いを始めた。
学年の中でも一位二位を争うくらいカッコイイ総司くんと、なぜ私が一緒になれたかはよくわからないけど、そんなことはどうでもいい。総司くんと居れるだけで、もう何もそれ以外考えられなかった。
「総司くん、お疲れ様!」
部活が終わった総司くんを、笑顔とスポーツドリンクで迎えてあげるのが私の日課。総司くんのいる剣道部は全国大会の常連だから、すごくハード。本当はマネージャーやろうかな、って思ってたけど、剣道に私情は持ち込まないのが総司くんのスタンス。だからあまりお節介しないことにした。
「最後の部活、どうだった?」
そう、今日は総司くんにとって最後の部活。高校三年生になった私達は進路もきまり、あとは卒業を待つのみで。
実際プライヤーとしては去年引退した総司くんだったけど、進路が決まった後はいいアドバイザーとして部活に参加していた。
「そうだね、少し寂しいかな。土方先生とおさらばできるのは、最高だけどね。」
「そっか。はい、スポドリ!」
タオルを添えてスポーツドリンクを渡せば、ありがとう、と受け取ってくれる。夕陽に照らされた総司くんの表情に、胸が高鳴った。ああ、すごくカッコイイ。
「ありすちゃんも、もう帰るよね?」
「うん、でも急いでいないから、総司くん待つよ。」
「じゃあちょっと待ってて。これ飲んだら自転車とってくるから。」
総司くんは、今日の部活であったことをたくさん話してくれる。私はそれを聞いているのがすごく好き。特に顧問の土方先生との因縁の対決は、シリーズもので面白かった。
一休みして自転車を取りに裏口に回る。その間私は校門で待っているのがお約束になっていた。
(こうして部活帰りに一緒に帰れるのも、今日で最後かぁ……)
足元の小さな小石を蹴った。
卒業したあと、私達はどうなるんだろう。進む大学はそれぞれ違うから、このまま別々になっちゃうのかな。だって総司くんのいく大学は、とても大きなところだから。
(そんなの、寂しいよ……)
付き合って2年が経つけど、まだ総司くんの知らないことだってたくさんある。まだまだこの人と一緒にいたいのに。
(総司くんは、どう思っているのかな)
だけどそんなこと聞いたら、まるで別れが現実になりそうで、怖くて切り出せない。
「お待たせ。さ、乗りなよ。」
総司くんはすごく優しい。
学校からお互いの家は真逆なのに、総司くんは私を自転車の後ろに乗せて送ってくれる。部活後で疲れているはずなのに、僕が送りたいから、そう言って甘えさせてくれる。
私は、この特等席から見る景色がすごい好き。だって総司くんと同じ目線で、今総司くんが見ている景色を同じように感じられるから。なんだか、同化したみたい。
「ありがとう。じゃ、お邪魔しまーす」
しっかり跨って、総司くんに身を委ねる。私の手を引っ張って、総司くんは自分の体に誘導した。せっかくだから、しっかり腕を総司くんの腰にまきつける。
「今日で、最後だね。こうやって送ってもらうの。」
「卒業式の日まで、送ってあげるよ?」
「……うん、でも総司くんと見る、夕陽が好きなの。」
少し錆びた音をだして、自転車が動き始める。暖かな風が、頬をかすめた。
桜の花がもう咲き始めている。
学校から私の家までは、河原にそった一本道をずっといく。河川敷では少年たちが野球をしたり、お年寄りの人が犬の散歩をしている。
「ねえねぇ、どっかでカレー作ってると思わない?」
「え?カレー?僕はこれ、肉じゃがだと思うんだけど。」
「あー確かに!とにかく、玉ねぎ煮つめている香り!!」
他愛のない会話を交わしながら、私たちをのせた自転車は風を切っていく。
いつもと変わらない、光景。
(だけど私、ちゃんと覚えているから)
総司君が試合に負けた日も、私とケンカした日も、そういえばタイヤがパンクした日もあったね。
私たちがここを通ることがなくなっても、この景色は変わらないのかな。やっぱり、どうしても総司君と一緒に入れる残された時間は、少ないような気がして、胸が切なくなった。
ふと、ブレーキがかけられる。
総司君を見れば、遠くを見つめていた。
「どうしたの?忘れ物?」
覗き込むようにして総司君を見れば、なんでもないよ、と言った。
ただ漠然と夕陽をながめているようにも見えた。
「きれいだね、夕陽。」
総司君が言葉をこぼした。
「うん、だから私、好きなんだ。」
もしかすると総司君も同じことを考えているのかもしれない。
「ありすちゃんもきれいだと、思う?」
念を押すかのように問われる。今度は黙って、こくりと頷いた。
「じゃあ僕とちゃんには同じように、あの夕陽が映っているのかな。」
「どうしたの、急に..?」
総司君が弱弱しく見えた。
黙って繋がれた手に、ぎゅっと願いを込める。
(どうかまだ総司君のそばに居させて)
「こんなこと言ったら、怒るかもしれないけど。」
総司君が言葉を発すると同時に、つないだ手の力が強くなる。
私も負けじと、握り返した。どうしよう、早く打つ脈が、総司君に聞こえてしまいそう。
「正直言って、大学生になっても君と一緒に居れる自信がないんだ。」
それは私も同じ。
今は毎日一緒だから、嫌でも会える。だけどこれからは行く先が違うから、お互いが会うためには明確な意思が必要だ。
新しい環境に飲み込まれつつ、それができるのだろうか。ここずっと悩んでいたこと、そして総司君と残されている時間が少ないように感じる理由。
「私たち、自然消滅しちゃうのかな。」
「...それは、させたくない。」
ちょっぴり安心した。総司君に、終わらせたい意思がないと、わかったからだ。
足元にボールが転がっていた。
顔を上げれば、小さな少年が大きく手を振っている。総司君はボールを拾い上げると、その子のほうへ思いっきり投げた。
「僕はきっと思い出すだろうね、この景色を。」
携帯電話を取り出し、ぱしゃり、とその風景をカメラに収めた。
「え?ここのこと?こんな普通の景色を?」
総司君は、私の顔をしっかり見つめた。
逆光になってその表情はよく見えなかったけど、きっといつもの優しいまなざしが注がれている気がした。
「君と一緒に見た、大切な景色じゃないか。」
きっと総司君にも映っている、私と同じ光景。
それは二人だけの、秘密の暗号。
Seacret Path
(あなたとみた景色、ずっと忘れないよ)
end
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