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 Maizy



良順先生の紹介で、沖田さんが私の働くこの療養所にやってきたのはこの前の冬のことだった。
すでに重症化した労咳を患っていて、体力の衰えた沖田さんに、私ができることは少なかったけど。
とにかく薬や食事といった身の回りのお世話や、おしゃべりのお相手をすることが私の務めだった。

とある、夏の日。
いつも通り夕食を下げに沖田さんの部屋に向かう。少し開かれた彼の部屋からは、一切の灯りも漏れていなかった。

「失礼します。お食事、下げに参りました。」

彼が好きだといった、大根おろしのはいった白粥は、茶碗に残ったままだ。
いくら薬を飲んでいるからといって、それだけでは足りない。きちんと食べるものを食べてもらわないと、一向に悪くなるわけで。それをいかに食べさせるかも、私の仕事。

「お食事、お口に合いませんでしたか。」

それとなく、その話題に触れる。沖田さんはこちらなど見向きもせず、私に背を向けて外を眺めていた。遠くの方から賑やかな音がする。

「今日は、村祭りの日でしたね。もしかして沖田さん、行きたかったのですか?」

意外というか、沖田さんは子供っぽい人だから。こういうお祭りも好きだろうし、行きたかったに違いない。そして今、少々不機嫌なのだ。実にわかりやすい。

「沖田さん、今日は星が綺麗ですよ。どうですか?来年こそはお祭りに行けるように、そうお願いしてみてはいかがですか?」


沖田さんは相変わらす、黙り込んだままだった。いい加減彼の機嫌をとらないと、明日にも影響しそうだ。

「私も、沖田さんの労咳が治るようにと、お祈りしましょうか。」

沖田さんが新選組にいたのはもちろん知っていたが、その中でどんなことをしていたのかはあまり知らなかった。ただ、知っていることといったら、沖田さんは昔から近藤さんの内弟子として多くの時間を近藤さんと過ごしたということだった。その為に局長の近藤さんには無条件の忠誠を誓っていて、労咳になったことよりもその為に近藤さんの役に立てないことを気にしているようだった。
きっとそのことは、触れてはならないと、薄々感じていたけれど。
最近新選組の動向があまりよくないことも聞いていた。それはおそらく沖田さんも知っているだろう。だから余計と切なくて、なんと声をかけたらよいのかわからなかった。

「....いいよ、無駄だから。」

この日初めて、沖田さんの声を聞いた。
私の気持ちを知ってかどうか、半ば諦めたように言葉を吐き捨てた。
そばに置いてあった茶碗を奪い取るように持ち上げると、冷め切ってるであろう白粥をかきこんだ。時々聞こえる咽る音が、彼の脆弱さを物語ってる。

食ってやったぞ、と言わんばかりに空になった茶碗を、私に押し付ける。

「ありがとうございます。でも、先ほどのお言葉は聞き捨てなりません。それはもっと治す努力をなさってから、仰ってくださいませ。」

村祭りも音が、先程よりもよく聞こえた。
飴細工や、団子屋、占いなどが軒を連ねているのだろう。そういえば今年は、寿司屋もあると聞いた気がする。

「別に、病を治したいわけじゃない。きっともう僕は役に立てないから。」

その声は、近藤局長への慕情だろうか。
沖田さんの心の奥に触れられた気がして、その場から立つことができなかった。

もしかするとこの療養は、彼の中では大きな穴なのかもしれない。
こうして自分が布団に入っている間でも、時代の荒波は新選組を飲み込んでゆく。今更健康な体を取り戻したところで、彼と新選組の間には大きな壁が立っていた。

きっと沖田さんにとって、彼らはそんな風に感じるほど、大きなものだったのだろう。

「...ただ、いざ死ぬと考えたとき、僕は何もしていなかったんだと、思い知らされた。」

毎日刀を振りかざして、人を殺めていた日々。
幼い頃から誓った近藤局長への忠誠心は、もしかすると思っていてた以上に、彼の未来を奪っていたのかもしれない。なぜなら近藤さんだけが、彼の未来だったのだから。

「村祭りのようなところで遊ぶことも、男として女性と色恋することも、僕は何一つしていなかった。」

沖田さんは、ただ新選組の一員として戦うことしか知らなかったのだ。
だからこうして、人生の終わりを見つめた時その虚しさに、彼は打ちひしがれていたのだろう。
私は自分の着物を、ぎゅっと握り締めた。なんだかすごく、やりきれなかった。

「.....そう、お星様にお願いしては、いかがですか。」

「お願いしたら、叶うとでも?」

夏の夜にしては冷たい、そよ風が吹き込んだ。
まるで今の私たちの距離感を表しているようだった。

「せめて、一人だけでもいいから。祇園以外の女性ってものを知ってみたかったなぁ...。」

それは、男としても本能だろうか。

長年、良順先生の手伝いをしていたのでなんとなく察しはつくが、沖田さんはもう手遅れだ。そう長くは持たないだろう。
動物が自分の死期を悟るように、彼も人間としてその終わりを感じているのかもしれない。今までも多くのそのような人間を見てきたが、こんなにも当たり前な願いを口にしたのは沖田さんが初めてのような気がする。

あまりにも単純すぎる、願い。



「.....沖田さん、そのお願い事、私では叶えられませんか。」

知らないうちに、自分の口から言葉がもれていた。

「それは、君が、ぼくの恋人になってくれるということ?」

「...そういう、ことだと思います。」

自分でも何を意味して、そのようなことを言ったかわからなかった。
が、沖田さんが言ったとおりだろう。彼にしてあげられるこのは、まだ残っていたのかもしれない。

沖田さんは大きな声を出して笑った。
ここに来てから初めて見るような表情をしていた。

「こんな死に損ないに、君が犠牲になることないよ。さっきのは冗談。気にしないで。」

沖田さんはそう言うけれど。
彼の今言った事の方が、無理に取り繕っているような気がして、そのまま聞き流すことはできなかった。







それから、どれくらい時間が経ったのだろうか。
祭りの音は遠のき、提灯の明かりも消え去った。茶碗に残ったご飯粒が、乾ききっている。
私は畳を見つめ続けたままだ。時々目の前が滲むのを感じていた。


「君は、優しすぎるんだよ。」

ふと沖田さんが口を開いた。横になっていた体を起こし、掛け布団を避けると、私の横にあぐらをかいて座る。

「どこまで僕の世話をするつもり?食事や薬だけでなく、僕の恋人ごっこにも付き合ってくれるって?」

それは少し干渉しすぎじゃないかな?彼はそう言いながら、私の手首を掴んだ。
そのまま強引に、私の体を畳に押し付けた。

「....仰っていることと、行動が違う気がしますが...。」

簪が、時折頭にあたって痛みを与える。
首を振ってその加減を調整する私をみて、沖田さんはその簪を引き抜いた。
畳に私の髪が広がるのが分かる。

「だって、君がそこまで言うから。」

「....そうですね、そういう事にしてください。」

彼の最期の幸せを願ったのは、事実。
だから突然だけれども、このような状況になっても何一つ抵抗する気はなかった。
彼のやせ細った手が、私の衿にかかる。小さく衣擦れの音がした。

「私で、いいでしょうか。」

最期に私でよかったと、そう思ってくれれば。
最期に私が沖田さんの願いを叶えた、そう思ってくれれば。

「この状況で、君以外に選択肢はないけど....。」

沖田さんの顔が近づいた。
心なしか、いつもの青白い顔色が、今夜ばかりは赤くみえた。









「さっきお星様にお願いしたことが、もうかなった気がするよ。」












彼はそう言って、私にくちづけを落とした。
うっすらと目を開けて、ちらりと横を見ると、夜空を少し覗くことができた。

きらり、星が落ちていった。


(沖田さん、またお願い事ができそうですよ)


どうか、彼の最期の願いが、叶いますように。





Maizy
(きらきら光る、夜空の星よ。)








end


















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