◎ live
神様は総司くんに試練を与えた
「総司くんが、結核………?」
大学で一位二位を争う美男子、沖田総司くんとお付き合いをはじめて一年が経とうとした、とある冬の日。
総司くんに、思わぬ病が襲った。
前触れは、あったと思う。
数ヶ月くらい前から元気だった総司くんが、ちょっと歩くだけで息を切らすようになった。何もしてなくても咳が止まらないし、この前知ったのだけど、吐血も時々していたみたい。
心配したご両親が、病院に連れて行った。すぐ終わると思っていた。だけどお医者さんの表情はあんまりよくなくて、念のため精密検査をしましょう、って言った。それからすぐ、総司くんに結核が見つかった。
結核。今は治る病気だけど、昔は多くの人が命を落とした病気。その言葉の響きは大きい。まさかとは思っていたけど、こんなに身近で大切な人がこの病に侵されるなんて、思ってもいなかった。
お医者さん曰く、このあとは結核病棟に入って抗生物質の治療を受ける。結核菌に耐性がつかないように、少しずつ、だけど確実に菌を消滅させる。もしかしなくても、長期戦になることは見えていた。それに結核病棟は、予想以上に出入りが制限される。
妻でも婚約者でもないただの彼女だなんて、そう簡単に出入りは許されなかった。
「僕は両親より、ありすちゃんにお見舞いに来てほしいんだけどな。」
「それは……ダメだよ。ご両親だってすごく心配しているよ、きっと。」
お互いまだ学生だから、総司くんのご両親にはもちろん会ったことはない。
だけどきっと、精神的な繋がりより、血の繋がりの方がよっぽど優先順位が高いのは、悔しいけど当然の結果だ。私が入り込む隙間なんてどこにもない。
「これから、思うように、会えなくなっちゃうね。」
結核病棟に移る前日、総司くんと会話を交した。時折混じる苦しそうな咳の音。
総司くんは、俯いたままだ。
「わ、私は大丈夫だよ!寂しいより、傍で支えてあげられないのが悲しいだけ。しっかり治そうね!」
差し入れのりんごを剥こうと、冷蔵庫に手をかけた。返事がでかないくらい、総司くんは疲れている。体力的にも相当参っているようだった。
「………ありすちゃんは、寂しくないの?」
唐突な疑問が投げかけられた。
包丁を握る手が、ピタリと止まる。
どう答えるのが正しいの?
「僕の事は気にしないでいい。君の本当に思っていることが、聞きたいんだ。」
総司君と出会ったのは、3年ほど前。
お互い現役で、同じ大学同じ学科に入学した。けれど私たちが入学した学科は人数も多いし、ほかの学科や学部と合同の講義ばっかりで、そんなに仲間意識もなかったと思う。
けれど私はずっと総司君のことをみていた。だってすごくかっこよくて、いい意味で目立っていたから。でも私みたいな地味で、特にこれといった取柄もない女の子なんて気が付くわけもなく。彼のそのプレイボーイっぷりをただ茫然と眺めているだけだった。
最初に彼が付き合っていたのは、学園祭のミスコンにも選ばれたような、とてもきれいな頭のいい完璧な女の子。でもすぐに別れたみたい。
総司くんは長くても3か月くらいしかお付き合いをしない。でも最初はすっごく優しいんだって。だけど突然、お別れを言われてしまう。そんな噂があっても、彼女と別れるたびに、ほとんどの女の子が次は自分かな、と期待を膨らませていた。
そんな私は、たまたまとったゼミが一緒だったくらいの繋がり。
声を掛けてきたのは、前期の講義が終わって、お疲れ様のゼミ飲みをしたときだった。
私は一瞬で理解した。彼はすっごくモテるだろうなって。だけど私自身そういうキラキラした世界に居れるような人間じゃないって理解していたから、適当に会話ん交わしていた。というか、彼の前で可愛い女の子を演じる必要がなかったから、あまりいいイメージは持たれないはずだって思ってた。
でも総司くんは違った。
それから何度も一緒に出掛けようって、誘われた。レポートが終わらないから無理って言ったら、一緒にやるって彼は言った。水族館なら行ってもいいけど、私イルカよりもマグロみてる方が好きっていったら、僕もマグロ見るからって彼は言った。
総司くんと気軽に出掛けられる仲になった頃、自惚れてるつもりはないけど、総司くんからこんなにお誘いが来た女の子は、私が初めてだって噂で聞いた。恋愛経験の少ない私は、そんなこと聞かされる度に彼を意識しちゃって、瞬く間に恋に落ちた。これじゃあ
私が罠にはまっているみたいじゃない。
ついにクリスマスに私たちは、恋人になった。彼の素直な気持ちを伝えられて、嬉しくなって。涙が堪え切れなくて、思わず総司くんの胸を借りた。
「そうやって素直で、飾らない君が好きなんだ。」
総司くんの優しい声に、私は包まれた。
この時ばかりは、久々に彼の前で自分を偽った。
病気の人に何て声をかければいいのか分からなくて。支えてあげられないのが悲しい、なんて偽善者ぶってみたけど。本当は寂しいって気持ちしかない。
「本当は、すごく、寂しい、よ。」
彼が横たわるベットの近くの、椅子に腰掛けた。
「来年は四年生になって、就活大変だから。この冬は、総司くんと色んなことしたかった。」
一年記念日のクリスマスには、イルミネーションがきれいな所にいって、豪華なディナーを食べて、お泊りする。ガイドブックだってたくさん用意したのに、それが出来ないなんて。
「どうして総司くんなの、って、すごい思うよ。」
いつの間にか涙がぽろぽろ零れてきて。大変なのは総司くんなのに。情けなくて、ごめんねって言うしかなかった。
扉が叩かれる音がする。
それは、面会の終わりを告げる、非情な音だった。
他人への感染を防ぐため、面会の時間には厳しい制限がある。
加えて今だって、彼と私の間には、彼を隔離するための透明なシートがかけられている。
(明日からもっと会えなくなっちゃうのに。このままなんて、嫌だよ)
「ありすちゃん。」
涙でぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで拭っていると、総司くんが私を呼んだ。
「帰りにナースステーションに寄って。君への手紙を渡してもらえるように、頼んであるから。」
大丈夫別れ話じゃないよ、総司くんが笑ってくれた。
さっきまでどん底だっったけど、最後にちょっと救われた気がした。
「沖田総司様」と書かれた個室を出て、ナースステーションに立ち寄る。
看護師さんたちはにやにやしながら、手紙を渡してくれた。
「彼、この手紙書くのに相当苦労してたわよ。かっこいい彼氏に、大切に思われていいわねぇ。」
看護師さんたちに、からかわれながら受け取ったその手紙は、真っ白い封筒に赤いレトロなシールで封されていた。彼の見慣れた、ちょっぴりかわいらしい文字で「ありすちゃんへ」って記されている。この手紙を書いたペンはきっと、私が誕生日プレゼントしたものだと思う。
封を切ると、数枚の便箋が入っていた。
白地に灰色の線で区切られ、時々小さな桜が彩を添えている。
拝啓 ありす ちゃん
この手紙を読んでいるってことは、明日から僕は病棟が移動になるんだね。
きっと素直な君のことだから、看護師さんがくるまで泣き続けるんだろう。
だからね、伝えたいことが君にきちんと伝わるように、この手紙をしたためた。
僕はね、ずっと孤独だったんた。
両親は僕の素行が悪くって、いつも怒ってばかりいた。
でもいい成績とれば、すっごく可愛がってくれる。
女の子たちは、僕と付き合いたいために一生懸命アピールしてくる。
でもそれは本当の姿じゃなくて、だいたいは猫かぶっている。
するとすぐにボロがでて、僕は悲しくなる。
最近僕のことを、真剣に見てくれる人がいなかったんだ。l
でも君は違ったね。
最初は僕に全然興味ないみたいだったけど、ちゃんと僕のことを見てくれていた。
だんだん僕に対する好意みたいなのがわかってきて、すっごく嬉しかったんだ。
僕がおこしたアクションを、正直にジャッジしてくれる。
本当はね、君に失恋しても仕方ないと思っていた。ずっと友達のままでもいいと思っていた。僕のことさえ、本当の僕のことを見ていてくれる人が欲しかったんだ。
さっきも書いたように、僕は孤独だった。
何すればどうなるかって、読めていたから毎日面白くなかった。
だけど君のような人がいてくれたから、明日ってのがわからなくなって本当に楽しいんだ。
それを与えてくれたのが、ありすちゃんで良かったと、心から思っているよ。
だからね、僕は生きるよ。
これから長いあいだ離れちゃうよね。もしかすると君にもっといい人が見つかってしまうかもしれない。僕のことが、重荷になってしまうかもしれない。そうなったら、それでいいと思ってる。
でも君がいる限り、明日はどうなるかわからないから。久しぶりに、人生楽しいって思えたから。今苦労した分、このあといいことあるよね。
ちょっと気が弱っているのかも。すごく大げさなことばかり、書いている気がするよ。
結核だって今は治る病気なのに、これから死ぬみたいだ。
つまり僕が言いたいのは。
決して負けない、このあとも生き続けるから。といことだけなんだ。
そしてできれば、その「このあと」に君がいてくれること願ってる。
総司
(ありがとう、総司くん)
(退院したら、いろんなところ行こう。)
時は夕刻。
いつもの冷たい病院が、夕日に暖かく照らされていた。
(きっと総司くんの、色だよね)
live
(どうかその鼓動を止めないで)
end
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