◎ 春待つ花のように 原田
お互いの手の中にある、同じ形をした鍵。おそるおそる鍵穴に差し込んでくるりと回せば、ダンボールがまだ積み重なったままの室内が目に映った。
「この荷物、少し片付けたら飯食いに行くか。」
「そうだね、仕舞えるものは、やっちゃおう。」
この春、私たちは大きな転機を迎えた。
左之助くんとお付き合いをはじめて数年、今日から生活を共にすることになったのだ。
互いのプライベートの奥底とはいい距離を保ちつつ、それでも心の中では一番大切な人。
食べ物の好みも合うし、テレビ番組の趣味もあってると思う。
そんな左之助くんと一緒に住もう、そう思いはじめたのはごく自然なことで。
「ここが、俺ちの新しい住処だな。」
「そうだね…。まさか、一緒に住むなんて考えてもいなかったけど。」
くるくると頭の中で駆け巡る、左之助くんとの思い出。
出会ってキスして喧嘩して。
新しい世界への第一歩。
靴を揃えて脱いだら、格別新しくもないフローリングがツルツルに感じる。
「左之助くん。」
これからどんな生活が待っているのかわからない。
上手くいくのかな、もしかすると取り返しのつかないくらい喧嘩するかもしれない。
それでも今、私の心はこれ以上にないくらいどきどきしている。
「改めて今日からよろしくお願いします。」
「……あぁ。よろしく。」
そう言って差し出された、左之助くんの手。あたたかくて、大きくて、私、大好き。
だから最初の一歩は手を繋いで踏み出した。
Fin.
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