◎ 春待つ花のように 土方
コンコン、とノックをすれば聞き覚えのある声が入室を許した。
「失礼します。」
小さな会議室への扉を開けて、待ち構えていたのは、土方部長だった。
この会社の花形部署を率いる部長。
そして、私の恋人。
「おぅ、よく来たな。今日から、俺の部署に異動だってか?」
「はいっ!今年度よりこちらでお世話になることになりました。」
元気よく名乗り、一礼をした。
あくまで会社では、上司と部下。これが私たちのやり方だ。
「俺んとこは厳しいことで有名だが、わざわざよく来たな?」
土方さんは、私の履歴書を見ながらそう呟いた。口からたっぷり煙を吐いたあと、煙草を灰皿に押し付ける。
…一応周囲から鬼部長の異名をとっていることは自覚しているらしい。
「…はい、ここには私の尊敬する人がいます。だからその人に少しでも近づきたくて、兼ねてより異動を志望していました。」
鬼部長と言われながらも土方さんが、誰よりも働いている姿を間近で見てきた。誰よりもこの会社のこと、組織のことを考えていることを私は知っている。
恋人として、一人の人間として。そんな土方さんの傍で働きたいと思うようになった。
だから一生懸命場数を踏んで、色んな修羅場にもみくちゃにされて。
どんなに辛くても、土方さんに近付けるなら、頑張れた。
「よし、今日からよろしく頼むぞ。」
土方さんは勢い良く立ち上がると、そっと私の肩に手を添える。
一人の仲間として私を認めてくれた、土方さんなりの表現の仕方なのだろう。
「さっきも言ったが、ここは厳しいからな。死ぬ気で働いてもらうぞ。」
「…覚悟の上です。」
桜咲くこの季節。
ようやく土方さんに近づけた気がして。どんなことでもやってやる、そう強く心に誓った。
追いかけるだけじゃなくて、これからは共に走れる人間でありたい。
「ああ、そうだった。」
部屋を出ようとした土方さんが、再びその姿を私の前に現す。
自分の首もとからお揃いで買ったネックレスを取り出すと、ちらちらとそれを見せつけた。
互のイニシャルが刻まれたそれは、普段他人に見られないようにスーツの下にきっちり隠しているのだ。
「今夜は昇格祝いでたっぷり可愛がってやるからな。」
「…承知しました。」
新しい生活、新しい上司、変わらない愛。
これからも貴方の隣にあらんことを。
Fin.
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