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 call my name

Call my name

公園のベンチに腰掛け、数分。
なんとかため息をこらえ、小さく息を漏らす。

(….疲れた。)

ふう、と吐いた生ぬるい吐息が、口内をなんともいえない微妙な感覚に陥れる。
秋を知らせる涼しげな風が、二人の距離感を示すように、その間に吹き込んだ。

左之助くんとは、恋人になってから3か月が経過しようとしていた。
友人の紹介で初めて出会って、私が一目惚れして。付き合い始めて知ったけれど、左之助くんも同じ気持ちだった、って。
でも私たちは、その想いをすぐには口にできない事情があったのだ。

だって、左之助くんのその友人の「彼氏」だったから。

恋と友情は別物だと思っている。
だって、この2つが入り混じると、とてつもなく厄介になることを知っているからだ。決して男と女に友情は存在しない、とかそう言う話ではない。この2つの感情の交差点が、どす黒くて悲しみしか生まないことを、私は幾度となく経験して見届けてきた。

その友人は、幼い時からの大親友で。
きっと彼女としても、なんと意図もなく。むしろ私のことだから、大切な「左之助くん」を紹介してくれたのだと思う。
でも皮肉なことに、それが崩壊の引き金になるなんて思ってなんて、いなかった。

恋をとるか、友情をとるか。
彼女を傷つけることなんてできない。誰よりも親友として彼女の幸せを願い続けてきた私だから、幸せになってほしい。
それでも彼女のことを考えれば、いつの間にか左之助くんの姿の方が大きくなっていて。あの時、ほんの数時間で痛いくらいに焼き付けた彼の姿が浮かぶ。優しい声色、いつだって楽しそうにしている姿、そしてお皿を渡す時一瞬だけ触れた、その手。何もかもが、私の思考を占領していく。

ああ、どうしたらいいの、って。
結局私は、「恋愛」と選び抜いた。
何度か左之助くんと秘密裏に会って、お互いの想いを確認し合って。
左之助くんは、友人を盛大に捨てた。他に好きなやつができたから、そう言って。でもそれが誰だってことは、伏せておくことにした。
案の定、「左之助くんに振られた」そう言って、私の目の前でやけ酒を煽る彼女には、とても胸が痛くて。それと同時に生まれた、優越感と罪悪感。なんと言葉をかけたら良いのか、わかるはずもなく。心配する資格もない、と自分に言い聞かせた。けれど、むしろそれはただ単に言い訳に過ぎてなかったのかもしれない。

最初は何も怖くなかった。
困難を乗り越えてこそ通じ合ったから、なんだって乗り切れると思っていた。
それでも気持ちが落ち着くにつれて、日に日に増していく罪悪感。それが徐々に左之助くんとの関係を強要していくようにすら、思えてきた。

あの時の彼女の涙の上に、私たちがいる。
幸せにならなくては、恋人でいなければ。

こうして次第に息苦しくなっていく二人の関係だったけれど、距離をとることすらためらってしまう。この現状を、彼女はどう思うだろうか。お互い口にはしなかったけれど、まるでがんじがらめになった足枷が、状況を打開するためだけの身動きすらとれなくしていた。

「…..、…….。」

会話が途切れた、というよりは始まらない。
恋人らしくいなきゃいけない、最近はこの思いの方が強くなっている気がする。
それらしいところにいって、それらしく振舞って。お互いの息は詰まっていくばかりだ。

「……。」

沈黙には、沈黙を。スタート地点なんて、とうの昔にどこかに置いてきたような気さえした。
あんなにも好きだったのに、大切なものを1つ犠牲にして手に入れたはずなのに。
きっと端から見れば、夕日を眺める幸せなカップルなのかもしれない。愛を確かめ合う言葉なんてきっと必要なくて、互いの心は通じ合っていて。

(そんなの、ほんの一瞬だけだった、なぁ….)

もっと普通に、左之助くんと愛し合いたい。
なんの意識にもさいなまれることなく、何もない二人だけの時を過ごしたい。
ただ、それだけの簡単なことが、どうしてできないの。

「……っ…..」

「ありす.....!?」

それを考えたら、情けなくて、悔しくて。
思わず漏れた、小さな嗚咽。虚しいことに、これに気付いた左之助くんが、今日初めて私の名前を呼んでくれた。

「……なかった、のに….」

さすがにこんな多くの人が集まる中で、声をあげて泣くことはできない。だからほんの少しでも目をそらしたくて、ただひたすら地面一点を見つめていた。

「こんなはずじゃ、なかったのに…..!」

行き場を失った叫びは、全て強く握りしめた拳へと注がれていく。爪が皮膚に食い込むような気もしたけれど、この力を緩めれば、取り返しのつかないようなことになる気がした。

ただ二人で、指を絡めて。
ただ二人で、ぼーっとテレビを眺めて。
小さな、だけど半永久的に続く幸せを求めて一緒になったはずだったのに、今はそれがとてつもなく苦しい。

「どうしたら、いいのっ…!このまま、お互い疲れていくだけなんて、いやだっ…!」

「おいっ….#nmae2#っ…!」

本当に終わった、と思った。
彼女には申し訳ないことをした、と心から悔やんだ。ほんの少しの幸せな時間を手に入れるため、私のどうしようもない欲望を満たすため、たったそれだけのために傷つけた。

「こんなにも、…..好き、だったのに….なんで、こんなにつらいの…!」

涙で滲む視界の端に、慌てふためく左之助くんの姿。
いいよ、彼女の恨み役は左之助くんだったから、今度は全部私のせいにして。もうめんどくさいって、切り捨てて。

「…..もう、私たち….」

だめなのかな、そう言いかけた時。
頭に感じたのは、優しいぬくもり。それはまるで赤子をあやすかのように、ぽんぽんと音を立てて、離れた。

「……、それ以上、言うな。」

「でもっ…。」

「ありすの気持ちはわからなくもねぇ、実際俺も息苦しさは感じていたが….。」

そっと差し出されたハンカチ、どこかで見覚えのある、柄だった。
ああそうだ、これは、私があげたのだっけ。たまたま目についたこの赤が、左之助くんの柔らかな赤毛を思い出させて、買わずにはいられなかった。….まだ、使っていてくれたんだ。

「….かといって、そんなことで簡単にお前さんのこと、嫌いになれねぇよ。」

「じゃあ、私は….」

「それでもやっぱり、俺たちはちょいと意識は変えなきゃいけねぇ、がな。」

見上げれば、予想を大きく外れた、左之助くんの笑顔。
まるで今までのここ最近の重苦しさを感じさせないような、表情だった。ああ、初めて彼女に紹介された時も、こんな風だったのを….思い出した。

「….どうすればいいの…..。」

こんな時まで、彼任せ。
結局は全部彼が背負ってくれることを、期待してしまう。でもそれは、まだ好きだってことの裏返し、なんだと思う。

「……ありす。」

「さのす、け….くん?」

それでいい、そう一言つぶやいて、左之助くんは私の体を引き寄せた。

「なんつーかよ…..その、名前を呼ぶって、幸せだな….。」

「…..うん。」

心の中で、もう一度唱えた彼の名前。
不思議とそれは、渇ききった完成にやさしく水を与えるようで。とても、心地よい。

「俺たちは…深く考えすぎてたのかもしんねぇな。」

「….うん。」

多分、今お互いの脳裏に過ったのは、彼女の最後の姿。
目を真っ赤に腫らして、ただひたすら左之助くんの名前を呼び続けた、悲痛な姿。

「たまたま、俺たちの場合は…..乗り越えなきゃならねぇもんがあった、それだけだ。」

「…..うん。」

「恋人でも、恋人らしくしなくちゃ、いけないわけじゃない。」

絡めとられた指先が熱い。じんわりと互いの熱が平衡状態になっていく。

「したいことを、するまでだ。」

こうやって手をつなぐことも、一緒に出掛けるのも。恋人だから、するのでなはく。恋人だから、したい。
口には出さなかったけれど、そんな風に考える彼の心に、少しだけ触れられた気がした。さっきまでは、あんなに、まるで拒まれていたようだったのに。

「左之助…くん。」

「なんだ?」

「…ううん、なんでもない。」

なんだか無性に呼びたくなっただけ、そう付け加えれば、彼は「そうか」とだけつぶやいた。

「さっきは…ごめん。…好き。」

「ありすっ…..!」

きっとこれからも、似た状況に遭遇するかもしれない。
だけど、それでも。私たちが、一緒にいたいと願うのならば。こんなすれ違い、私たちが一緒になれた理由なんて、なにも怖くない、そんな気がした。

「一瞬、好きだった…と言われて、ビビっちまったけどよ…。」

ゆっくりと近づく、彼の顔。夕日に照らされて、どんな表情をしているかはわからなかったけど。もう二人の間には、わだかまりも隙間もない気がした。

「違う、好き、よ。」

「….さんきゅ。」

ねぇ、何度でも呼んで、私の名前。
そしてささやいて、好きだって。
私だから、そうしたくなるって、実感させて。

唇同士が重なる、ほんの手前。
私たちはお互いの名前を口にして、微笑んだ。







Call my name
(それは、まるで、魔法の呪文)







Fin.



雪乃様
この度はキリリクありがとうございました!そして、大変長らくお待たせいたしました….
原田で甘く、でも最初は切ない感じ….で書かせていただいたのですが、いかがでしたでしょうか?しょっぱなから超絶ブルーでしたが、最後はこれでも甘くしたつもりですっ….!!はうう。
雪乃様のお気に召していただけたことを祈りつつ、ご挨拶とさせていただきます。まことにありがとうございました!


ありす








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