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 日々のほとり

ようやく、すやすやと寝息を立て始めたのを確認してリビングに戻る。時間は深夜2時を回ったところ。きっとまた数時間後にはぐずりはじめて、私の安眠は妨げられるんだ。

左之助さんとの子供が生まれて、半年。
産後の疲れもとれないまま始まった、育児生活。かわいい我が子のためならどんなことでも乗り越えられるとも思っていたけれど、それは予想以上にキツかった。
左之助さんはお仕事に出かけてしまうから、日中はこの子と二人きり。まだ泣くことしかできないような状況で、何を言っても思うようにはいかなくて。人間だれでも最初はそうだっていうけれど、当事者になってみれば苦しくて。もちろん家事もこなさなきゃいけないし、ようやく落ち着いたと思ったら、次はこの子の夜泣き。正直心休まる暇なんてなかった。会社で仕事をしている方がどんなに楽か、何度そう思ったのだろう。仕事には終わりがある、だけど育児には終わりが見えない。そろそろ、限界に近いような気もした。

最近はベッドで寝ないことにしている。リビングのソファで座って目を瞑るだけ。そうすれば、お布団からでたくない、なんてことにはならないから。
なんとかベビーベットに寝かしつけ、しばしの休息。私に与えられた、気持ちばかりの休憩時間。

「……え、左之助…さん。」

ただいつもと違ったのは、そのソファに左之助さんが座っていたということで。備え付けの小さなテーブルには、おそろいのマグカップが並べられていた。私に気付いた左之助さんは、こちらを向いてひらひらと手を振る。

「ごめんさない、起こしてしまいましたか?」

慌てて駆け寄れば、左之助さんは対照的に落ち着いた素振りでカップに口をつけた。流れる赤髪が、……かっこいい。

「いや、大丈夫だ。まぁ座れよ。」

言われなくてもそうするつもりだったけれど、左之助くんに招かれるようにソファに座り込む。どっと疲れが押し寄せてきて、無意識に左之助くんに身を預けた。

「…..ねむい。」

「だよなぁ、…..あんまり、根詰めるなよ。」

崩れ落ちそうになる体は、左之助くんの大きなしっかりとした手に、ふわりと支えられた。ずっと私を抱きしめてくれていた手、まるで全身から荷が下りたみたいに急にふわりと軽くなる。ほんの些細なことなのに、左之助さんはちゃんと私のこと分かってくれているんだって、心安らいだ。

「お前、最近特にちゃんと寝てないだろ。いつもソファでやり過ごしてるんじゃねぇか?」

返事をする気力なんてなかった。ただ左之助くんは知っていたんだって思ったら、ちょっとだけ報われた気もした。
夫婦になってもお互いのプライベートは大切にしようって約束だったから、寝室は基本的に別々にしている。一緒に寝たくなったらそれはそれでいいし、適度な距離を保ち続けるのも大事なことだからって思ったから。特に育児中はバタバタするかもしれないからって、私からそうしてもらった。

やっぱりこの家を支えてくれるのは、左之助さんだから。左之助さんに迷惑かけるのはいけないし、家庭はやっぱり休める場所にしたい、それは私の願いでもあるけれど。本当は頼りたくって仕方ない。

「….無理すんな、できることは少ないかもしれねぇが、ちょっとは俺を頼ってくれ。」

眠気が押し寄せる中、つい半年前のことを思い出す。
生まれたばかりのこの子を初めて抱いたとき、その時の左之助さんの表情はまさにお父さんだった。私の方を見て、「ありがとう」って言ってくれて。でもまたすぐにこの子を見て、今まで見たことないくらいの笑顔で話しかけていた。

「頼りないかもしんないけどよ、俺だってコイツの父親なんだぜ。」

そうだ、いつもだって頼りがいのある左之助さんがあの時はもっと頼りに見えた。
そしてあの時決めた、私は絶対この子を幸せにしてあげる、と。左之助さんに負けないくらい、頑張る。どんなことでもこの子のためなら、絶対やり遂げてみせるって。そう心に誓ったの。

「それに、お前に何かあったら…..俺が耐えられねぇ。」

それで強くなったつもりだった、強いお母さんなんてすぐになれると思っていた。でも実際は違ったみたいで。やっぱり私もまだ一人の人間で、今みたいにくじけそうにばっかなる。時々逃げ出したいなんて、思ってしまう。

ねぇ左之助さん、そんなに私を甘やかさないで。私頑張るって決めたから。

「って…..聞いてねぇか、せっかくホットミルク、いれたんだけどよ…。まぁこの時ぐらいはゆっくり寝とけ。」

ううん、ちゃんと聞こえてる。左之助さんの、言葉、よく聞こえているから。そのカップに並々注がれたホットミルク、ちゃんとわかっている。本当は飲みたかったのを、気付いて。

「……ありがとっ….左之助さんっ….」

左之助さん、今日くらいは泣いてもいい?頑張らなくてもいい?
今だけは、この子の「お母さん」じゃなくって、私のありのままでいい?

左之助さんは、黙って私を抱き寄せてくれる。それがあまりにも気持ちよくて、せき止められていた何かが一気にあふれてきた。ありがとう、ごめんね、大好き、愛しています。左之助さんに出会えて、命をつなぐことができて、本当に幸せ。

「なぁ、ありす。今日はちゃんと布団で寝ろ。あとは俺が見ててやるから。」

「え、でもっ….」

「ほーら、つべこべ言うな。」

ふわりを私を抱え込み、そのままリビングから寝室へ向かっていく。
器用に足で扉を開けると、まるでガラス細工を扱うように私をベットにおろしてくれた。久しぶりの柔らかな感触に、体はあっという間に吸い込まれていく。




「おやすみ、いい夢見ろよ。」




額をそっと重ね合わせて、私の名前を呼んだあと、左之助くんはその場を後にした。パタリと閉まる扉の音が、薄れゆく意識の中で、微かに聞こえた。




(……おやすみなさい、いい夢見させてね。)







日々のほとり
(あなたのそばでそっと羽を休めさせて)




Fin.



遼子様
遼子様、この度もキリリクありがとうございました!以前書かせていただきました「A crown」の続きを思わせながら、原田家に待望のベイビーが誕生した後ということで笑ちょっとブルーなヒロインちゃんでしたが、左之助パパに甘やかしてもらいました….えへへ、どうでしょうか←
遼子様のご順調とのことで、私も大変うれしく思っております!私のようなな生意気小娘が知った口きくなというかんじですが、これからますます大変になるかと思います…どうぞお体大切になさってくださいね。
それでは改めましてこの度はありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!



ありす







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