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 万年筆

ささやかなパーティー料理が並んだテーブルに、歳三くんがやってきた。
私は椅子を引いて、「どうぞ」と一言。軽くお礼の言葉を言われれば、それだけで頬が緩んだ。

付き合いはじめてから迎えた、2回目の歳三くんの誕生日。あいにく当日はお互い予定が合わなくて。プレゼントだけ届けて、ちゃんとお祝いするのは、次の休みが重なった時だねって決めた。
プレゼントは万年筆。仕事で追われる歳三くんが、少しでも私のこと思い出してくれればという願いを込めて贈った。邪魔をする気はないけれど、それでもやっぱりこれが乙女心ってやつ。

だから今日は朝から歳三くんのマンションに来て、2人でゴロゴロしながら映画見たりして過ごした。映画の間も歳三くんは私を抱きしめてくれたり、触れてくれたり。正直どんな映画だったか忘れちゃうくらい、歳三くんで一杯だった。映画なんてもう一度見ればいい、だけど歳三くんはどんなに触れてくれても足りない。だから私は歳三くんに身を委ねていた。

「はいっ、私お手製のフルコースです!」

夕飯は歳三くんのリクエスト。たまにはご馳走してあげていいかなって思ったんだけど、私に作って欲しいって、買い物代も全部出してくれた。私が何を作るかすら伝えてないのに、「お前の作るものなら何でも食いたい」なんて言われて。そんな風に言われて、どうにかならない女の子なんていないはず。これといって得意なわけではないけど、気持ちは込めたつもり。

「ありがとよ、やっぱりお前に頼んで正解だった。」

歳三くんはやさしく微笑んでくれた。
何だか急に照れ臭くなって、私も席に着く。適当に作った料理の説明をして、取り皿にそっと盛り付けた。

「どうぞ、食べてください。お口に合うかわからないけど…」

「ああ。……その前に。」

歳三くんは不意に立ち上がると、きれいに整頓された引き出しを開けた。奥の方から何かを取り出したかと思うと、手には一枚の紙と私の贈った万年筆があった。

「どうしたの?歳三くん…」

再び席に着いた歳三くんは、手を両膝に揃えて置き、こちらを向いた。ちょっとだけ重くなった空気に、一瞬だけ悪い予感がしたけれど。さっきまでの歳三くんの様子を思い出せばそんな様子は一切なくて、混乱する。

「なあ聞いてくれ、ありす。」

その瞳は、しっかりと私を捉えていて。
私はまるでそれに吸い込まそうになる。だけどなんとか流されずに、頷いた。

「お前にこうして誕生日を祝ってもらうのは、2回目だが…今年もこんな立派にやってもらって感謝してる。」

歳三くんは目の前の料理を見渡した。
きっとその表情から、喜んでくれた…のだと思うけど。

「お前と一緒にいた時間は俺にとって、何にも代えられねぇ。それはきっとこれからも、何よりお前とこのままずっと居たいとすら思う。」

そしてテーブルの角に置かれた紙が、ひっくり返された。それを掴み取ると、そっと私の前に差し出される。

「こうやって、美味い飯も作ってくれる。俺たち、割とうまくやっていけそうじゃねぇか?」

そこにあった文字に、思わず私は小さな悲鳴に似た声がでた。まさか、とは思ったけど。

「俺と……結婚してくれ。」

婚姻届、と記された真っ白な紙。
まだ何も記入されていないそれは、私たちの名前が書かれるのを心から待っているようで。

「……これじゃあ、私がプレゼントもらってるみたいじゃん…っ。」

堪えきれずに、流れた涙。
今日は歳三くんのために頑張ろうって思ってたのに、どうして私が泣いてるの。嬉しい、もちろん嬉しいけど。こんなときにズルイよ、歳三くん。

「……返事は?」

そんなこと聞かなくても分かってるくせに。
妙に自信家で、でも実はとっても繊細で。いつだって自分のこと後回しで、人のことばっかり考えて。
でもそんな歳三くんだから、好きになった。

「もちろん、…私の人生全部あげるよ、歳三くんに。」

ありったけの笑顔で、Yesの返事をした。
歳三くんは一瞬驚いたみたいだったけど、そしたらすぐにあの眉を下げた笑い方。私の大好きな、その顔。これから一生、ずーっと見られると思えば、この上なく幸せで。

「その返事が、最高のプレゼントだ、ありす。」

嬉しさと驚きで椅子から立てなくなった私の背後に、そっと歳三くんがやってきた。
片方の手を私の肩に乗せ、後ろから身を乗り出す。もう片方の手には、私のあげた万年筆が握られていて。

「お前にもらったこのペンを最初に使うのは、この時だと決めていた…。」

夫となる人、そこに書き込まれた歳三くんの名前。本当にその万年筆を使うのは、この瞬間がはじめてだったみたい。最初の部分がちょっとだけ掠れて、2人顔を見合わせて笑った。

「ほんと、ここ掠れてるよっ。」

「…うるせぇ、お前もほら、さっさと書け!」

歳三くんは、私にペンを握らせ机に向かわせると、照れ臭そうにそっぽ向いた。
そういえば、意外に照れ屋さんだってこと忘れてた。頑張ってプロポーズしてくれて、ありがとう、歳三くん。

「両親には、近いうちに……」

ああそうだった。結婚するにはいろいろ大変なこともあった。だけどきっと私の両親も、歳三くんのこと気に入ってくれるはず。
でも、そんなの後でいい。

「待って、あのさ…」

「なんだ?」

ここで私がノーとでも言うと思った?
ごめんね、違うの。私、すごく嬉しいの。こうやって誕生日という節目に、私といたいって考えてくれたことが嬉しいから。

「今はさ…これ書いて、その余韻に浸りたいの。」

歳三くんが生まれてきてくれて、それから私に出会ってくれて、ありがとう。
これからの誕生日、私と過ごすことを選んでくれてありがとう。
死ぬまで一緒を選んでくれてありがとう。

「…そうだな。」

歳三くんは一つ大きな深呼吸をして、私を見た。

「自分がこの世に生まれていたことを考えたら…真っ先にありすの顔が浮かんだ。だからきっと、これが俺の人生の正解だと思う。」

そうだね、歳三くん。
遠い未来、間違いだった、なんて絶対言わせないから。
歳三くんが自慢したくなるような奥さんになるから、待っててね。

「…愛してる、ありす。」

歳三くんの気持ちは、この言葉に託されていたような気がするの。
だからね、私。何も怖くないから、私の全部歳三くんにあげる。


ハッピーバースデー、歳三くん。
これから巡り巡ってくる貴方の生まれた日に、ずっと私がいられますように。






fin.











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