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 鈴蘭2

手放したと言ってもべつに別れを告げた訳じゃねぇ。
だが当たり前の様に今まで隣に在った存在が欠けた生活は、情けねぇ事に想像以上に俺を苦しめた。顔が見えない恋がこんなにも辛いなんざ思っちゃいなかった。
電話越しに聞こえる心安らぐ声を求めるも。必死こいて作った唯一ありすと繋がっていられる時間は呆気ねぇほど瞬く間に過ぎ去っちまう。
そうして繰り返されるすれ違いは、ありすの発した何気ない言葉ですら俺に不安を与えた。

会いたくても会えない距離にやつれた心は優しさを求め、虚しさだけが俺の中に募っていく。
自分の弱さを呪いながら近くの温かさに手を伸ばし、ありすのぬくもりと違うそれに幾度と無く打ち拉がれた。

“ごめんな”

何度心の中でそう謝っただろうか。
浮気と分類されるような事に手を染めた訳じゃないが、後悔ばかりが浅はかな俺に重くのしかかり、何もかも放り出して逢いに行けたらどんなに楽かと逃げたくもなった。
だが現実はそんなに甘くねぇ。

「俺もまだまだだな…」

溜息と共に零れた言葉は、未だに見慣れる事のないニューヨークの薄暗い路地へと消えていった。


そうして見上げた空は俺の想いとは裏腹に数多の星が煌々と輝きを放ち、この星空が日本まで続いているのかと思えば脳裏に浮かぶのはありすの笑顔。

アイツは今頃何をしてるのか。時差を考えりゃ仕事中だろうか。
意外とそそっかしいヤツだからな。些細なミスなんかして怒られてなきゃいいが。


そう想いを馳せていりゃあっという間に現在の住まいであるマンションが見えてきて、また今日も誰も居ねぇ部屋に帰るのかと思うと落胆の色は隠しきれない。

仕事中は忘れてられんのに情けねぇと自嘲気味に溜息を零せば、暗闇の中人の気配を感じ。
こんな真夜中に何事かと目を凝らしその人影を見据えていると、空耳かと思うも会いたいと願い続けていた女の声色が確かに俺の耳に届いた。


「トシ…!」


まさか…と思うもこの俺がアイツの声を聞き間違えるはずなんかねぇ。
それでも混乱し思わず動きを止め、眉間に皺を寄せ思考を巡らせていれば、瞠った視界に映ったのは愛しい女。


「トシ!!」
「……ありす」

ハッキリとその姿を捉えたと同時に俺の体に飛び込んできたありすはサプライズ大成功と言わんばかりに満面の笑みを浮かべていた。

「へへっ、来ちゃった」
「…っ!驚かすんじゃねぇよ…。馬鹿野郎…」

問いたい事も伝えたい事も山程ある。
だが求め続けたありすの笑みを見てりゃそれも吹っ飛んじまうってもんだ。


「…ありす、会いたかった」
「うん…。もう離れてなんかやらないんだから」


強く抱き寄せた体を少し離し、涙で潤んだ大きな瞳を見据え本音を零すと意味有り気な言葉が返ってきた。

だがそれをゆっくり聞く余裕なんざ今の俺にはなく、求め続けた愛しい女の香りに誘われるよう餓鬼みてぇに口付けを繰り返した。



俺はありすの行動力を侮っていたみてぇだ。それに…こんなにホッとしたのも久々だ。もう俺は二度とありすを離してやれそうにねぇ。

「…ったく。お前には適わねぇよ」


無邪気な笑みを浮かべるありすの手を握り、飽き飽きしていた一人暮らしのマンションに二人並び足を踏み入れれば、言い表せねぇほどの幸福感が俺を満たしていた。




end




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