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 鈴蘭1

「ねぇ、トシ」
「なんだ」
「もし、もしもね。大人になって離れ離れになったとしても…ずっと私の事好きでいてくれる?」
「何言ってやがる。そん時はお前を攫ってくに決まってんだろうが。離れ離れになる日なんか来ねぇよ」
「…そうじゃなくて……」




あの頃の俺は幼すぎたのかもしれない。
温かい日差しが差し込む教室で、窓際に背を預けていた俺に不意に投げ掛けられた言葉。その想像し難い未来の話に俺の口から出た答えは求めたものと異なったようで。ありすは窓の外に投げていた視線を俺に移し、柔らかい頬を膨らませ文句を言った。
そんな愛しいありすをこの腕に閉じ込め、さらさらと流れる柔らかい髪に自分の指を絡ませ、耳元で変わる事のない想いを伝えれば。ありすは頬を緩めふわり微笑んだ。

“何があろうと気持ちが変わる訳ねぇだろ”

その言葉に何一つ偽りなんかなかった。そう信じていた。
何年時が経とうが、当たり前の様に俺の横で笑ってるのはありすだと思っていたんだ。




ーーーあれから十年。
俺達の関係は何一つ変わらず、取り巻く世界だけが変わっていった。
高校を卒業後、進んだ先は別々の道。
それでも住む家が変わった訳じゃねぇ。会おうと思えばいつでも会えた。ありすの大学に迎えに行った事もあった。ありすが俺の大学に突然乱入した事もあった。
休みの日には数え切れねぇほどデートをし、肌を重ねた。

大学を無事卒業すりゃ就職だ。
俺は大手石田薬品へ、ありすはネイリストへの道を選んだ。
あいつの夢と俺の夢が一つ叶った瞬間だった。同時にそれが俺達を引き裂く引き金になった。

事の発端は突然舞い込んだプロジェクト。
上を目指す為、夢中で仕事をしてきた俺はその好機に飛び付き掛けた。だが、そんな俺に突き付けられた現実は海外転勤。

今まで会いたいと思えば何時でも会えた距離が、手の届かない距離に変わる。
だが、例え遠く離れようともこの想いが変わる事はない。お前なら俺の帰りを待っていてくれると…自惚れてたのかもしれねぇ。


互いの仕事の合間を縫って久々に会えた土曜の夜。
ベッドの上で細い体を腕に抱きながらその話をした俺を見据えたありすの顔が未だに脳裏にこびり付いたよう離れないのは後ろめたさなのか。
今にも泣き出しそうなクセに、精一杯強がってるだろう事が手に取るように分かった。
長年傍に居たんだ、当たり前だ。
だが、それが分からなきゃ楽なのになと思っちまった俺は最低だ。

真っ直ぐ俺を見つめる瞳から咄嗟に視線を逸らせば腕の中で身じろぎ起き上がったありすは、ふっと笑い震える声で俺の背を押した。

「…そ、か…。応援するよ?」
「……」


おっとりした雰囲気を纏うクセして、風貌と反する行動力。掴めそうで掴めない雲のような、届きそうで届かない月のような存在感は手を離しちまったら何処かへ消えちまいそうだ。
そして人一倍他人を気遣う心根の優しさ。
心底惚れたこいつの全てに甘えたのは俺だ。
当たり前の様に横で笑ってくれていたありすを俺は手放しちまった。




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