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 やさしい雨

「……ちっ。」

最寄り駅の改札を出てみれば、外は大雨だった。
確かに会社を出る時は、きれいな夕焼けを見たっていうのに、ほんの数十分電車に乗っただけで、この有様だ。ついていない。あたりを見渡せば同じように途方に暮れて雨宿りする人たちで駅構内はごった返していた。

あいにく傘は持ち合わせていなかった。
今朝方アイツにあんな言われたのに、持っていかなかったのだ。

「くそっ…言う通りにしとけばよかったな…。」

こうして俺は、スマートフォンのホーム画面を開いた。画面にいるのは、一緒に住み始めて数カ月になるありすの姿だ。
アイツ、というのはもちろんありすのことだ。今夜は雨が降るかもしれないから折り畳みを入れといた方がいい、そうありすは勧めてくれたのに。時間に追われて家を飛び出した俺は、すっかり傘の存在を忘れていた。

一緒に暮らし始めてわかったこと。
ありすには敵わないことばかり、ということだ。

ありすは当初俺の部下としてやって来た。割とキレイな顔立ちをしていたから、所詮人事部あたりの好みによる顔採用だと思っていた。
だが違った。誰よりも懸命に仕事を覚え、いつの間にかメキメキと力をつけていた。コイツと一緒に仕事がしてみてぇ、そう思わせるのには十分だった。

そんなありすにいつしか恋愛感情を抱くようになって、今に至る。ありすはもちろんいい意味で、俺を決して飽きさせない。こう言ったら偉そうに聞こえるが、とにかくありすと毎日を共に過ごすということは、今までにないような刺激を与えてくれている。

改めて、待受のありすの笑顔を見れば、心が安らいだ。
先に仕事からあがり、家に帰っているであろうありすに一秒でもいいから早く会いたい。
特に何かあるわけではないが、早く帰ることを優先させて俺は、この雨の中走って帰ることにした。

そう思って一歩踏み出した、その瞬間。

「…スーツが濡れちゃいますよ、歳三さん。」

今最も聞きたい声の持ち主が、俺に傘を差し出した。

「……ありす。」

「このまま濡れて帰るつもりだったんですか?せっかく新しいスーツなのに。」

そう言ったありすの手には、もう一本の傘があった。コイツが何を思ってここまできてくれたかが、一目でわかる。

いつだってそうだ。
俺はありすに救われてばっかりだ。仕事だって、コイツがいなければ今現在のように偉くなんてなれていない。プライベートだって、コイツのおかげでこんなにも充実しているのだ。

……本当に、俺は幸せ者だよ。

「助かった、わざわざ迎えに来てくれたんだろ?」

「たまたまですよ。コンビニに寄ったついでです。」

「素直に言え、俺を迎えに来たってな。」

そう言ってありすの頭を撫でてやれば、ありすは顔を伏せた。これがコイツの照れ隠しなのは知っている。
少々素直じゃないところも、俺を楽しませる要素の一つだ。

「あっ、あれ?やだ、こっちの傘壊れてる…?」

ありすは、差してきた傘を俺に渡すと持ってきたもう一本の傘を開いた。
しかしどうにも開きが悪い。何度も開けたり閉めたりを繰り返しても、どこかしら上手く開かない。悪戦苦闘するありすを見て、思わず俺は笑ってしまった。

「ちょっと...歳三さん。笑わないでくださいっ...!」

もちろん、馬鹿にしたわけではない。
頬を膨らませてこっちを見るありすがたまらなく愛おしい。
急に雨が降ってきて、俺のことを思い出して慌てて飛び出してきたのだろう。その辺に置いてあった傘を壊れていたとも知らず持ってきた、そんな姿を想像したら自然と俺のしかめっ面(別にそうしているわけじゃないが周りにはいつもそう言われている)も綻んでしまう。

「悪い悪い、別に笑ったわけじゃねぇよ。...ほら、帰るぞ。」

俺は持たされた傘を持ち直し、先に一歩踏み出した。
ありすは後を追うかのように、控えめについてくる。「ごめんなさい」とありすは小さく呟いた。

こんなありすの一面も、同居を始めてから知ったことだ。
仕事の最中はキビキビしているから、こんな一面を持ち合わせているとは少々意外だった。だが後から聞いてみれば、どうやらこっちのほうが素らしい。仕事で失敗して俺に怒られるのが相当怖かったらしいのだ。そんなに強く叱ってるつもりはなかったが、結果的にコイツのスキルも上がったことだしいいことにしておこう。

「あーまたドジしちゃったなぁ....。」

やけに静かになったあと、ありすはこう言葉を漏らした。

「....。」

なぁ、ありす。
俺は、こう見えても言葉足らずだから。こんな時、なんて言葉を返したらいいのか正直言ってわからない。
だが、これだけはわかっていて欲しい。
俺の前では、ありのままでいてほしいんだ。
ドジでもなんでも構わねぇ、今みたいに「俺のために何かしてくれた」って事実がとてつもなく嬉しい。幸せなんだ。

「もしかして...歳三くん、本気で呆れてる?ごめんなさい、ほんと...。」

まったく、いつだってありすは俺のことばかり気にしていやがる。
よく見てみれば、そんな引け目からか、コイツの肩の半分が濡れていた。俺をかばって自分が濡れているのだろうけど、そんなことこっちが黙って見てられるとでも思ったのか。

「気にしてねぇよ、それより風邪引くぞ、お前もちゃんと中入れ。」

そしてありすの体を大きく引き寄せた。
まったく、ビショビショじゃねぇか。コイツくらい細い体なら、2人くらい平気で入れるってのに、妙なところで遠慮する。
普段は甘えるくせに、こういうところは予想がまったくつかねぇ。

「でも、歳三さんが...。」

「大丈夫だ、お前が濡れていたら俺が気にする。さっさと、ほら。」

さっきの威勢はどこにいったのか、小さく縮こまってありすは俺にそっと体を寄せた。
触れた指先が思ってる以上に冷えていて、俺は反射的にその手をとっていた。

「手が冷えてるだろ、最初から無理するな。」

「すみません...その、なんとかお役に立ちたかったんですけど。」

「あ、いや。...気持ちは、嬉しかった。」

少し言いすぎただろうか。
こんなふうに思うのなんて柄でもないが、思わず心配になる。これも相手がありすだからだ。そのへんの女、ましてや野郎になんざこんなこと気にも留めない。

「本当に...ですか?」

「あぁ。本当だ。」

「ほんとに、本当?」

惚れた女に、こんなことされて、嫌だなんて思う奴がどこにいる。

「ほんとにほんとの、本当に…?」

「なぁ、俺はそんなに信用ならねぇか。」

「…だって歳三さん、優しいから。」

なんだってコイツは、家に着く前から俺をどうしてくれる。無意識で言ってるのかどうか知らないが、正直言って飯よりありすを食いたい。もちろん、性的な意味で。

「ありす。」

「なに?」

「こっち向け。」

角をいくつか曲がり、裏道に入る。
雨はまだ降り続くどころか、一層強くなったいた。

それでも躊躇わず、手に持っていた傘をその場に投げ捨てる。

「歳三……さんっ…。」

俺はありすの顎に指を添え、思いっきり引き寄せた。
そのまま唇を重ねれば、見開かれていたありすの目が閉じる。勢い良く全身がずぶ濡れになっていくのを感じつつも、唇は離さなかった。

好きだ、ありすが好きだ。
好きだけじゃ足りねぇ。愛してるって言葉も陳腐に聞こえる。
それくらい、お前が好きだ。

唇を重ねる角度を少し変え、ありすの頬に手を添えた。
酸素を奪われ、顔を真っ赤にしながらも唇を離さないありすの表情が垣間見える。なんて顔してやがる。さっきからお前は、誘っているのか。




触れて感じる、「ありすの存在」。
俺は心から愛おしい。





「歳三さん...。」

一瞬だけありすを解放してやれば、そのスキをついて俺の名を呼んだ。
ずぶ濡れになったお互いの姿を見て、小さく笑う。

「結局、濡れちゃいましたね。」

そういって俺の腰に手を回したありすを、そのまま抱き上げた。








やさしい雨
(雨音さえも僕等を祝福する)







Fin.













ハル様

ハル様、この度はキリリクありがとうございました!社会人現パロ土方or原田で幸せなお話、ということで書かせていただきました。最近原田ブームでしたので...つい土方で書きたくなってしまい...独断と偏見で...土方にしてしまいましたっ...!!原田を登場させるのにもスペースが見当たらず笑幸せなお話ということで、二人にはラブラブしてもらいました!!!すみません!!個人的に「幸せなお話」というものを書くのが苦手でして、どこかしら毒が入り込んできてしまうことには定評があるのですが...ハル様のお気に召していただけたことを祈りつつ、ご挨拶をさせていただきます。
改めましてキリリクありがとうございました!

ありす



































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