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 左之くんと握手会☆

簡素な仕切り板の間からちらちらとみえる、赤い髪。
何を話しているかはよく聞き取れないけれど、色っぽいだけど心地よい声が聞こえてくる。

今日はアイドルグループ「超絶男子」のデビューイベント。
前から彼等が所属する事務所のアイドル達には注目していたけれど、握手会に参加するのは初めてのことだった。

私の推しメンは、原田左之助くん。
「超絶男子」のセクシー担当でもあり、センターポジションに立つ、売れっ子だ。
公式ニックネームは、「左之くん」。

こんなにも近くでみたい、そして直接この気持ちを伝えたいの思ったのは、左之くん以外いない。だからアルバムを一生懸命買って、それから個人盤のCDをたくさん買って、付属の握手券をたくさん集めた。
握手券1枚あたり、許されているのは約20秒。私は一気に10枚出す予定だから、左之くんに触れていられるのはおおよそ3分だ。
私のわずかなお小遣いとバイト代では、これが限界だった。それでも一目左之くんに会えるなら、一瞬でもその視線が私にだけ注がれていれば、もうこれ以上望むものは何もない。

「それでは握手券を回収します。」

マネージャーと思われる女の人が、そう言って手を差し出した。
私のお金が化けた紙切れが、一瞬にして回収される。枚数を数え、確認すると、手元のストップウォッチを操作した。

もう左之くんは目の前だ。
周りの女の子と比べたら私なんて地味だし、左之くんの記憶に残らないかもしれない。
心の中でどう思われているかなんて、実際のところよくわからないけれど。これで自分が楽しめるのなら、それでいいのかな、なんて思ったり。
それでも原宿系のファッションを身に纏った女の子を相手に、しっかりその両腕を握って話しかけているのが見えて、ちょっとだけジェラシー。

「時間になったら声かけますので、どうぞ。」

そっとマネージャーの人に誘導されて、仕切り板の中に入る。
心臓はもうバクバク。足が微かに震えているのを感じる。こんなに緊張しているなんて、私何やってるんだろう。

「よぉ、はじめまして、だな。」

さっきまで握手をしていた女の子を見送っていた左之くんが、私の方を向いた。
口を動かしても言葉がでない私をそっと気遣い、左之くんから声をかけてくれた。これが生の声を聞いた、最初の言葉。この「はじめまして」はしばらく忘れないと思う。

「は、はじめまして..その...。」

自分から握手を求めるなんて。
なんだが急に図々しく思えてきて、どうしたらいいのか躊躇ってしまう。中途半端に伸びた手が、恥ずかしい。

「どうした?ライブつまらなかったか?」

そんな私を心配してか、左之くんが小さな声で尋ねた。
そして自ら手を伸ばすと、ぎゅっと私の手を掴む。
あたたかい、大きな手だった。

「そ、そんなことないっ!とっても楽しかったよ...!」

「そうか、よかった。」

ずっと見てみたかった、左之くんの生笑顔。
もうそれだけで十分で、それでも今日伝えなきゃって思っていたことを言葉にしようと、脳がぐるぐる動く。

「あ、改めてはじめまして...。左之くん、応援していますっ...!」

言えた、そう思った瞬間に思わず手に力が入ってしまった。
それが左之くんに伝わってしまったのどうかわからないけれど、左之くんもさっきより強い力で握り返してくれる。

「ありがとな、お前さん...前から...2列目くらいにいてくれただろ?」

「えっ、見えてたの..?」

「ああ、俺のうちわ、一生懸命振ってくれていたからな。」

左之くんの観察力には、驚かされた。
せっかく早くに家を出て会場に到着して、前から2列目を確保したというのに。結局は周りの女の子に埋もれてしまって。この日のために準備した左之くんを応援するためのうちわも、無意味になっちゃったかな、って思っていたのだけど。

「それ、手作りか?」

「う、うんっ..!変..かなぁ。」

左之くんは、カバンから少しだけはみ出たそのうちわを見て、「そんなことない。」と言った。本音じゃないかもしれないけど、それでもその言葉が聞けて本当に嬉しい。

「そういや手、冷たいな。」

「あっ、ごめんなさい...私、冷え性で。」

そんな私の手を、左之くんは優しくさすってくれた。
触れたところからどんどん温かさが広がって、あっという間に心までぽかぽかになる。

「いや、今日は屋外イベントだったからな。悪かった。」

季節はもうすぐ春だけど、それでもまだ風は時折厳しいくらいに寒い。
何時間も前から外で待機していたから、事実体は芯から冷えきっていた。別に自分の意思だから、なんにも嫌じゃなかったのだけど。

「そんなことないよ。これで左之くんたちも、一気に人気者だね。」

こっちこそそんねことねーよ、って左之くんは首を横に振った。
そして、痛いくらいの眼差しを私に向け、一言。

「お前さんみてーな可愛い人を寒空に放っておいて、俺たちだけ目立つわけにはいかねーだろ?」

そして左之くんが指を絡めてくれれば、私の鼓動は最高潮。
かっこいい衣装がさらに左之くんをハイライトして、もう我慢できないくらい。

本当に、彼が、好き。

後方に立っていたマネージャーさんが、時計を気にし始めた。
その気配をなんとなく感じ取り、ああもうおしまいなんだな、と悟る。
左之くんも目の片隅でそれを確認する。

「そういや...お前さんって、呼ぶのも変だな。名前、教えてくんねぇか?」

ぎゅっと握り締めていた手の力を弱めると、左之くんはそう私に尋ねる。
たったこれだけでも、名前を覚えようと思ってくれるところに、彼の誠実さが伺えた。

「あっ、えっと、私、ありすっていいます。これからも微力だけど、応援しています!」

「わかった、ありす、な。絶対覚えてるから。」

ゆるめられた手の力に、一瞬寂しさを覚えた。
だけど、それ以上に満足していて。わざわざ遠くから、そして寒い中、左之くんを待っていてよかったなぁって心から思う。

そして願わくば、また彼のぬくもりに触れたい。
そう思った。

私の肩を、マネージャーさんが軽く叩いた。
この夢のような時間に終わりを告げる合図。名残惜しいけれど、私も握っていた手を離した。

「それじゃぁね、左之くん。また必ず、きます。」

「ありがとよ。待ってるから。」

最後に手を振り、この日最高のスマイルを左之くんは見せてくれた。
この時までは、私だけに向けられた笑顔。これが例え、別の女の子達にも同じように向けられているとしても、私がここを去るまではすべて私のものだ。

「そうだ、ありす!」

スペースから出ようとした瞬間、左之くんに呼び止められて驚いた。

「俺はさ、来てくれるだけげ嬉しいぜ!」

慌てて振り返ると、左之くんは小さくウインクしてその声で確かにそう言ったんだ。






fin.












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