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 Begin again



コーヒーを啜ったあと、再び読みかけの本を開く。
掛けていたメガネが、少しズレているみたい。直しにいかなきゃ。

朝早くからやっているカフェの、5人並び席、その一番奥。ここが私の定位置。
毎朝会社に行く前の1時間、ここでコーヒーを頼んで読書するのが、私の習慣。朝日を浴びながら読書って、なかなかいい趣味だと思うけど。

元カレとはこれが原因で別れた。

どんなに寝るのが遅くなっても、彼の家に泊まっても、これを欠かさなかった私はどうやら理解されなかったみたいで。
もっと布団の中でイチャコラしたい、俺はお前といたい。なんだ、あんたは女か。

元カレと別れて、数ヶ月。ここ最近はフリーだから気兼ねなくこの至福のひと時を堪能できる。もしかしたら、このままの方がいいのかもしれない。
「本当に好きな人ができたら、趣味も変わるわよ。」色んな人に言われたけど、なんとなく違う気がする。

そもそも、本当に好きな人って、なに?

ここを出るまであと30分はある。
テーブルの上に放置したままの音楽プレイヤーをつかみ、そそくさと装着する。パラリと本のページをめくれば、物語がまた動き出した。











「となり、いいか。」

突然背後から男の人の声がした。
反射的にどうぞ、と言ってしまった。
本から目を離せば、背の高い男の人のシルエットと、がら空きの店内が目に入った。

(なんで、あえて隣に……)

その面拝んでやろうか、そう思ってその男性を見たとき。

時間が、止まったような気がした。

(うわっ、かっこいい…………)

穢れのひとつもない黒髪に、キメの整った美しい肌、びしっと決められたスーツ。
そして、宝石のような紫の瞳に、私は捕えられた。

「ど、どうも……、ははっ。」

落ちてきたメガネを定位置に戻す。どうやら、夢じゃないようだった。

「本の、邪魔しちまったか?」

「いえいえ!そんなことないです!」

勢い良く本を閉じる。
その振動で、たっぷりカップに注がれていたコーヒーの水面が、揺れ動く。カップの端っこから、少しだけ溢れた。お気に入りのブックカバーにコーヒーのシミが、ひとつ。

「ひゃっ、もう、ついてない……。」

絶世のイケメンを目の前にして、動揺しているのだろうか。だめだ、恥ずかしい。これじゃあ、こじらせ女子全開だ。

おしぼりでシミをぺたぺた拭く。いっこうに取れる気配はなかった。
すると、隣から小さな笑い声が一つ。

「思ったより、おもしれえ人なんだな。もっと、お堅い人かと思っていた。」

「え、思っていた、って………。」

「毎朝ここで、本読んでるだろ。」

え、今彼は何と。
私がここに毎朝いるのを知ってると?

「うわわ、すみません、その。周りのこととか気にしてなくて……。」

「いや、いいんだ。俺が勝手に見ていたからな。」

それは、一体どういうこと?

「私、その、変なことでもしてましたでしょうか……?」

彼は無言のまま、私の顔に手を伸ばす。ひょい、と私の眼鏡を取ると、優しく机に置く。

「時折、メガネ、外すだろ?」

「はぁ、まあ。目が疲れちゃうので。」

突然の事に、思わず瞬きをしてしまった。彼が笑顔になるのが、ぼんやり見えた。



「その顔が、すごく綺麗だったから、見惚れちまってた。」




胸がきゅっ、と締めつけられる。
鼓動の速さが、急激にあがった。
なんでこんな、会って数分しか経っていない人に、心乱されているのだろうか。

間違いない、これが、一目惚れだ。




ぶるぶる、と携帯電話が震えた。
ここを出る時間にセットしていたアラームだ。

「えっとですね、そろそろ、その。会社に行かなくてはいけなくて……」

震えながら席を立つ。そうか、と彼は言った。と同時に彼も、席を立つ。

「あっ、伝票……。」

コーヒー一杯、としか書かれていないそれは、すでに彼の手の中にあった。

「んだよ、これぐらい出させてくれ。」

「でも、お名前も知らない方にご馳走になるのは……。」

「土方歳三。」

「へっ?!」

慌てて手を伸ばすと、ひょいと高く伝票が持ち上げられる。
手をひらひらと動かしながらスマートに会計をする後ろ姿を横目に眺めた。やばい、悶絶。

おつりを受け取ると、くるりとこちらを向いた。


「これで、いいだろ?」


勝ち誇ったような笑みを浮かべた土方さんは、さっき奪っていった眼鏡を定位置に戻した。

カフェの扉を開く。どうぞ、とさりげなくエスコートされた。

「土方さん、と仰るのですね。」

背が高いので、つい見上げてしまう。
ビジネスバッグをぶっきらぼうに持つ姿が、これもまた絵になる。

「ああ、それよりお前、名前は………」

メガネをもう一度外した。
爽やかな風が、頬をくすぐる。

土方さんより、二歩くらい先に飛び出した。腕をうしろに組んで振り返る。


「駅までの間に、私を夢中にさせたら教えてあげる!」

今日土方さんに褒められた、ありのままの顔で、ウインク。

「上等だ、ぜってー聞き出してみせる。」





夢中にさせたら、なんて嘘。
私の恋は既に動き出している。



Begin again
(恋が、またはじまる)






end










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