◎ 空に花火
真夜中に、ふと目を覚ます。
うっすらと開いた瞼から見える景色がいつもと違う。よく考えてみれば、ベットの寝心地も違った。
(そうだ、今日はトシくん家に泊ったんだっけ.....)
くるり、と辺りを見回す。すぐ横には愛しい人が眠っていた。
小さく寝息を立てながらも、その腕はしっかりと私を包んでいて。その力は思ったよりも強く、今体を動かせば彼を起こしてしまいそうなくらい。
(やだ、私すぐ寝ちゃったのかな....)
この秋で、彼と恋人になって2年目を迎える。
何度か喧嘩もしたけれど、大きな危機を迎えることなく現在までその関係は続いていた。
とにかく彼はモテるから、それにどんな女性でも手に入れることができるだろうから。正直言って、こんなにも長く続くとは思ってもいなかった。
想像していたよりも、彼は真面目な人で。
女の子が喜びそうなことは露骨にはしない。だけど要所要所で「ああだからモテるんだなぁ」と感じさせるところを、たくさん見てきた。
一緒に仕事場から帰ってきて、おいしいご飯を食べたら、彼の家にそのまま行って、飲み直したら、セックスして。
恋人だったら普通にしそうなことなのに、なぜかそれがこの人といると、この上もなく幸せに感じる。
(トシくんの寝顔、こんなにも可愛いのに……)
会社では鬼の土方部長なんて恐れられているけど、この姿を見たらそんなこと誰も思わないだろう。
私だけに見せてくれる、隙だらけの彼の表情。
きめ細やかな肌に、血色のいい唇。男のくせに、整い過ぎている。
自然と彼に吸い込まれていく。もっと、彼に近付きたい。
少し顔を彼に近付ければ、綺麗な黒髪が頬を擽った。唇をなぞってみれば、彼が眉をひそめるのが分かった。
つい数時間前まで、愛を与え伝えていてくれた、唇。彼と交わすそれは、これ以上ないくらい極上で。その感触を思い出せば、また全身が痺れるようだった。
(ああ、またしたい。)
少し角度が合わないのは承知の上で、そっと彼の唇に、自分のを重ねる。
軽く、だけどゆっくりと離せば、先程までの感触が蘇ってきた。
もう一度、今度はもっと深く。
じっくり彼を感じながら。
離す瞬間が惜しい。こんなにしても、まだ足りないなんて。
「……お前も大胆になったなぁ。寝てる俺を、襲うなんてよ。」
ふと開かれた彼の瞳と、視線が絡まった。
「え、やだ!起きてたの……?」
「いや、起こされた。」
ごめんね、と言えば、返事代わりにさっきよりもきつく抱き締められる。
馬鹿野郎、嫌なわけねぇだろ。彼はそう優しくしてくれる。
「………好きよ、トシくん。大好き。」
突然伝えたくなった、言葉。
彼は何も言わなかったけれど、頭を撫でる手から彼の想いが伝わってきた気がして。
「私はあとどれだけ、トシくんと一緒にいられるかしら。」
幸せな時にしたくなる、別れ話。
彼になんと言ってほしいのか分からないけれど。
「んなこと、考えるんじゃねーよ。」
永遠かどうかは、まだ知らない。
だけどその切なさが儚く、脆く、今の幸せをハイライトする。
不意に涙が滲んできた。
鼻をすすれば、彼は不安げな表情をする。心配する彼に、この気持ちをなんと説明したらいいか分からなくて、ぎゅぅ、とくっついた。
「幸せだなぁ、そう思っただけよ……」
涙を掬うように、彼の舌が目元をなぞる。そのまま、深いキスへともつれこむ。
「あんまり可愛いこと言うんじゃねぇ。……こんな真夜中なのに、もたねぇだろ。」
二人でかけていた、掛け布団が放り投げられた。と、同時に彼が覆い被さる。
「私も、だよ……」
彼から与えられるキスは、酸素を奪って行く。だけどこの苦しみも、最高の快感。
「さっきみてーに、終わったらすぐ寝るんじゃねぇよ。」
「それは、トシくんが手加減してくれたら、かな?」
んなこと、できるか。また唇が彼のそれで塞がれる。彼の右手は私の頬に添えられたままで、左手は徐々に下がっていき、私の体に電流を走らす。
貴方と同じことを感じられるのは、あとどのくらいなのだろう。
この時が永遠に続けばいいのに。
そう願って、彼に身を委ねた。
空に花火
(当たり前の幸せが、こんなにも、ほら)
end
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