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 WEEKEND





何年かお付き合いをしている歳三くんとは、この春から一つ屋根の下で生活を共にしている。
お互い仕事が別々だから、すれ違いが多くて、もっと一緒の時間を大切にしよう。そう思っての決断だった。

だけど、現実はうまくいかなくて。

仕事一筋の歳三くんは、とにかく忙しい。一緒に暮らしているはずなのに、数日見かけないことも多い。つまり私が寝ている間に帰ってきて、出社してしまう。もちろん寂しい気持ちもあるけれど、なにより歳三くんの体が心配だ。

そんな私を癒してくれるのが、週末の二日間。平日はしっかり仕事する代わりに、休日はできるだけ一緒に過ごす。彼なりの気遣いだった。本当はもっと休ませてあげたいのに、甘えてしまう。でもそんな私を彼は受け入れてくれるのだ。


週の半分が週末だったらいいのに。
私はいつもそう願っていた。



私の身体に異常がでてきたのは、彼と暮らし始めて二回目の春を迎えようとしていた頃だった。


ここ何ヶ月が、女の子のアレがこない。身体のコンディションもあまりよくない日が続いていた。

思い当たる節もあったし、だいたい原因の予想はついているけれど。歳三くんに余計な心配をかけたくなかったし、何よりそれが分かった後の現実を受け入れられる自信がなかっのだ。

おそらくこの事実は、彼にとって大きな足枷になるだろう。

同居していても、私たちは将来の約束をしているわけでもない。まだ身を固めるのに焦る歳でもなかったし、その必要性もない。それにある程度の立場ができてこれからだという時に、彼に余計な負担をかけたくなかった。

どうすればいいの。
もし病院に行ってこの事実を確定させてしまえば、もう逃げ道はないのだ。
そしたら彼に何と伝える?そしてこれからどう彼と関わればいいの?




「おめでとうございます、妊娠3ヶ月、ですね。」

優しそうな白衣のおばさんが、笑顔でこの結果を伝えてくれた。

ついに私は意を決して、病院を訪ねた。というよりかは、歳三くんが手配してくれて行かざるを得なかった、というのが正しい。彼は内科を予約していてくれたけど、私はこっそり産婦人科に変更した。

「お父さんには、後日来てもらってこちらから伝えますか?」

「……いいえ、自分で、伝えます。」

私が複雑そうな表情をしていたのか、最後にお医者さんが心配してくれた。望まない妊娠だったわけではない。だけど望んでいたわけでもなかった。
どうにも説明できそうもなくて、ただ体調が辛くて、そう言って病院を後にした。






あんなに大好きだった週末がくるのを、こんなに恐れたのは初めてだった。
この妊娠を伝えるのは、週末にしようと考えていたからだ。

案の定金曜日の深夜に仕事から戻った彼は、次の日の昼近くまで寝ていた。
彼より少し早めに起きて、朝食を用意する。土曜は和定食で、日曜は洋食といつも決めてあるから、準備にはあまり手間がかからない。
昨晩のうちにセットしておいた炊飯器が予定の時刻に近づくと、お米の炊けた匂いがキッチンに広まった。

(……気持ち、悪い。)

妊娠を機に、この匂いがだめになった。彼の前ではひた隠してきたつもりだったけれど、最近はそれも難しくなってきた。
なんとか耐え忍び、卵焼きと魚を焼く。一晩寝かせていた煮物を温め直し、お皿に盛り付けた。

お皿の音などで騒がしくなると、歳三くんが目を覚ました。
おはよう、エプロンを外しながら彼を出迎える。洗面所で水の音がしたと思えば、すぐに彼はテーブルについた。

「調子はどうだ?病院、行ったんだろ?」

いただきます、と手を合わせたあと彼が早速その話題に切り込んできた。
食欲が無い私を、彼の綺麗な瞳が見つめる。なんだか申し訳なくなっきたけれど、どうしてもその一言が言い出せない。

「なんだ?言いにくいのか?おい、病院ちゃんと行ったんだろ?」

「う、うん!もちろん病院行ったよ。……その、体調自体が悪いというか……。」

今ならまだ、間に合う。
適当に取り繕うこともできるけど、それはそれで引き返すことができなくなる。

「……歳三くん、内科を予約してくれたんだよね。」

「よくわかんねぇからな。内科で、合ってたか?」

一口お味噌汁をすすった。お椀を置くと、ひとつ深呼吸をした。

「……ごめんなさい、思い当たることがあって、婦人科に変えたの。」

「婦人科って、お前………。」

察しのいい歳三くんなら、もう分かったはず。だっていつも切れ長の目が、大きく開かれているもの。

「ごめんなさい、妊娠3ヶ月、だって。」

がたん、と彼が、身が跳ねるように椅子から立ち上がった。

もうだめだ、そう思った時。
私は彼の腕の中にいた。

「………馬鹿野郎、何でずっと黙っていたんだよ。」

「ご、ごめんなさい。その、歳三くんに、迷惑かけたくなくて……。」

背後から私を抱き締めてくれていた歳三くんは、突然私の横で跪いた。

「と、歳三、くん?」

彼の意図が読めなかった。
早く言え、ということは早いうちに問題を解決したかったということ?
でも何故彼は私を抱き締めてくれたの?そして今のこの状況は?

「ありす、結婚してくれ。そして、この子を産んでくれ。」

家族になろう、そう私の手を取って、彼は言った。

「ちょっ、ちょっと待って?それって気を遣ってない?妥協で結婚は、決めちゃだめだよ?」

「なんだよ、お前と一緒に住んでた結果が妥協か?……正直俺は、いつ切り出そうかずっと悩んでたんだけどな。」

大きく開かれてた瞳が、今度は照れ臭そうに俯いた。歳三くんってクールそうにみえて、実はけっこう感情豊かだったりする。

「じゃあ歳三くんは、それを前提に一緒に住もうって……?」

「それ以外に何があるんだよ。鈍感にも程があるぜ。」

歳三くんは、大きく溜息を一つついた。まさか、彼がこんなに未来を考えていてくれたなんて。
そして、そんな事も知らないで、私は一人悩んで勝手に悲観的に決め付けて。一体今まで歳三くんの何を見ていたのだろうか。

「ごめんなさい……その、勝手に私が勘違いしていたみたいで、歳三くんに迷惑かけるかと思っちゃって。」

「………いや、俺も仕事ばっかりだったしな。誤解しても仕方ねぇかもしれねぇ。」

ふと、目が合った。ふふっ、どちらからでもなく笑ってしまった。
お互い最後はなんだか謙遜しあっていて、可笑しくなってしまったのだ。

「それじゃあ改めて、だな。」

歳三くんと私の視線が真っ直ぐ繋がる。

「俺と、結婚してくれ。拒否権はねぇけどな。」

ちょっと強引な、彼らしいプロポーズ。だけど、それがすごく嬉しくて。

「はい、よろしくお願いします。返品不可能だからね!」

「んなことは、しねぇよ。覚悟しとけ。」

そして歳三くんが、新しい命の宿る私のお腹に手を当てた。まだその膨らみも感じられないけど、確かにそこには鼓動を始めたばかりの命があって。

「……あんまり俺たちがはっきりしねぇから、こいつが痺れ切らしたんだろうな。」





まだその姿もわからないこの子が、私たちのキューピットだったということを今、ようやく理解した。





WEEKEND
(二人で暮らすのって難しいのね、だから…)






end









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