◎ RED
金曜日の夕方。仕事を終えて、上司そして恋人である原田さんとデスクを立った。
私たちのデスクから、出口まで少し距離があるから、フロアの端から歩き始め真ん中に差し掛かった頃、デスクの上で突っ伏している貴方を見かけたの。
貴方を見ると思い出すわ。
貴方を愛していた時、私を色で例えるならば、間違いなく赤色だったということを。
新社会人として入社した会社で出会った貴方は、とても素敵な人だったわね。
見た目はもちろんそうだけど、仕事も完璧。あの若さで上層部から期待され、明るい将来しか見えない。
的確に部下に指示を出し、時折厳しい時もあるけれど、それは貴方なりの信頼の証なのだと思う。
もちろん最初は貴方となんかと渡り合って仕事はできなかった。
入社してすぐは、新人研修として貴方の直属の部下である原田さんから仕事を教わるように言われたの。
原田さんだって、いい人よ。親切だし、私のことをまるで妹のように可愛がってくれた。
教え方もとてもわかりやすいし、性格も気さく。素敵な上司、というのがよく似合う、そんな人。
だけどすぐに分かったのは、原田さんに対する「素敵な人」と、貴方にに対する「素敵な人」の意味が違うということ。
貴方に対する「素敵な人」は恋愛的感情を含んでいたの。
そう自分で気付いた時には、この気持ちは貴方に筒抜けだったわね。
原田さんに背中を押されて告白したとき、確かに貴方はこういった。
「お前の気持ちなんざ、もうとっくの昔から知ってる。」と。
やっぱり貴方はすごい人ね。
なんでもお見通しなのは、仕事だけじゃない。恋愛だってそうなんでしょ。
モテ男で、経験豊富。きっと私みたいな恋愛初心者のことなんて、小学校で習うようなことみたいに簡単なんでしょう。
「何なら付き合ってもいいぜ?」
まさかそんな返事が貰えるとは思っていなかったから。
私の彼に対する感情は、炎のように燃え上がったの。
そう、貴方の思うままに、ね。
私の心に真っ赤な色をつけたのは貴方。
そして私の心を灰色に塗り替えたのも貴方だった。
なんて罪な男。
薄々はわかっていた。
貴方と「お付き合い」している女性はほかにもたくさんいるって。
そしてわかってた、貴方が求めているものは愛情ではなく性欲のアウトレットということも。
それでも私の真っ赤なハートが歯止めがきかなくて、いつか貴方から返ってくる気持ちが愛情になることを願っていたの。
彼のためなら、なんでもできた。夜中呼び出されても、デートをドタキャンされても、週に一回しか会えなくても、手荒く抱かれても、それでいいと思ってた。これで貴方の気持ちが変わってくれれば、耐えられた。
「いつか私は、貴方の中で一番になりたいんです。」
情事の後、ベッドの中で呟いた声が虚しく響いたのを、今でも覚えてる。
きっと貴方には、聞こえてないということも、昨日のことのように覚えているわ。
吐き出すものを吐き出したら、すやすやと夢の中。
ねぇ、そんなに気持ちよかった?
まるで心の炎に水をかけるような貴方の態度。そしてペンキを塗り替えるように重ねられた「原田さん」の色。
原田さんが私に好意があるのは、最初から知っていた。自惚れじゃないってわかるくらい、人一倍私に優しい。背中にそっと手を添えてくれているように、後ろから見守ってくれている原田さん。それでも貴方の元へ行く勇気をくれたのも、原田さん。
彼の色はあまりにも淡くて、初めは気付けなかった。だけど貴方へ対する心の色が黒味を増していけば増すほど、ハイライトされる原田さんの存在。
ああ私、実は原田さんに救われていたんだって今更気付いたの。
人の心ってすごく移ろいやすいから、私の心はあっという間に原田さんの虜になった。
ほんの少しの言葉で、大きな愛情が返ってくる原田さんはすごく居心地がいい。
これってすごく恵まれたことだって私は知っているから、これまで以上にないくらい幸せを感じるの。
土方さん、ごめんなさい。
なんだか私、貴方に付きまとっていたのがすごいバカみたいに思えてきちゃった。
「ありす、見ろよ、土方さん、大爆睡してるぜ。」
立派なデスクの上で眠る貴方は、まるで見栄っ張りな鬼。
威勢だけよくて、実は一番「愛」に飢えていた赤鬼のよう。
「だめですよ、そんなに笑っちゃ。土方部長だって、疲れていらっしゃるんです。」
原田さんは、もちろん私と貴方の間に何があったのか知っている。
それを知っていた上で、私を迎え入れてくれた。
「冗談だよ、冗談。こんな時でもねーと、土方さんのこと笑えないだろ?」
あんな関係だったけれども、一応昔は恋人だった。今こうしてうたた寝するその姿は、そんな恋人だった私が初めて見るくらい、とても穏やかで。
「……土方さんさ、ありすと別れてから変わったよな。」
「え……?」
「なんつーか、優しくなったってゆーか。角が取れたっていうか……。」
前までは人前なんかでうたた寝なんてしなかっただろ?そう付け加えた原田さんのの声色は部下の口から出てくるようなものじゃなかった。
この時ばかりは、ずっと心配してたんだぞ、と言わんばかりに。
「土方さんは土方さんなりに、後悔してんのかもな。」
「何を……ですか?」
「お前さんに、振られたことだよ。」
もう少しで貴方の目の前を通り過ぎる、そんなとき思い出した、あの時の色。
私ね、土方さん。
貴方には感謝しているの。
だって貴方がいなければ、原田さんの優しさに気付けなかったと思うから。
原田さんはああ言ったけれど、今貴方が私のことをどう思っているかなんて知らない。きっと知らない方が、お互いの為。そう思わない?
でもね、もしも貴方が自分を責めているとしたら、それは大間違い。
気に負う必要なんてないわ。
「ありすは、吹っ切れたのか?土方さんのこと。」
そう、すごく好きだったの。貴方のこと。
愛されなくて、すごく悲しかった。
だけど、一番許せないのは、この私自身だから。
結局のところ私の「Heart」が勝手に動いただけ。
あの時の心の色がどうとかこうとか、それはやり切れなくて貴方のせいにしているだけなの。
「ええ、もう大丈夫。原田さんがいるからね。」
「おっ、言ってくれるじゃねーか。よし、今日の飯は俺が持つぜ。」
貴方のテリトリーを勝手に掻き乱して、勝手に傷付いて。
でもそうじゃなければ、原田さんの気持ちに応えることができなくて。
そう、だから許せないのは、私の心。
そして、今の私。
「あっ、原田さん。ちょっと待ってもらえますか?」
「なんだ、忘れ物?」
デスクに戻り、二段目の引き出しをあける。
唯一貴方から貰ったプレゼントである小物入れに入れておいたチョコレートを二粒とる。
小走りで、だけど貴方を起こさないように、デスクに近寄った。
そして手に取ったチョコレートを置いて、月並みのメッセージを添えてみる。
これは、ほんのちょっとした気まぐれ。
「ありすは……優しいんだな。」
「そんなんじゃ…ないですよ。」
感心したように原田さんが呟いた。
実際はそんなつもりで置いたわけじゃないのよ、優しいもなにも、原田さんはは優しい人、それだけだから。
「ただの罪滅ぼし、です。」
どうか貴方が、立ち止まることのないように。
RED
(それは本当の愛を探す旅路だったと)
みや様
みやちゃん☆
この度は(もうちょっとで)2万打おめでとうございますー!
ということで、Blue Regretのヒロインちゃん視点バージョンでした。あのお話では、ヒロインちゃんが「許す、許さない」が一番のポイントだったので、そこのところどう思っているかにスポットをあててみました。でも肝心なところはみやちゃんをはじめ、読んでくださっている皆さんにお任せしたいんです...とカッコつけて敵前逃亡しました笑
みやちゃんこんな昔から拙宅に来てくれたんだ...と思うと涙が出ます..!!ほんとありがとうございます!!!
これからもどうぞよろしくおねがいします☆
お持ち帰りはみや様のみでお願いします。ぜひBlue Regretと一緒に転がしておいてくださいね笑
ありす
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