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 Poinsettia side T


Poinsettia side T




2014年12月24日 水曜日19:00



今年はクリスマスイブが平日も平日、週のど真ん中に当ってやがる。

運が良けりゃ祝日が絡んで連休になる年もあるってのに……こればっかりは仕方ねぇな。



コーヒーで空腹をごまかしながら煙草を吸う俺に届いたありすからのメールに思わず頬が緩む。



【トシくんメリークリスマス♪ヽ(´▽`)ノ♪今夜もお仕事頑張ってる?私は予定どおりお千の部屋でチキン食べてるとこ〜(*^ω^)/♪シャンパンもすっごくおいし〜よ!土曜日トシくんに会えるの楽しみっ(*´艸`)トシくんに元気が出るおまじないあげるね!(*≧з≦)ノ⌒☆ちゅっ! 】


なかなか口に出しては言っちゃあやれねぇが、愛しい俺の恋人だ。


【ありがとよ。チキンもいいが、食い過ぎるなよ。酔っ払って友達に迷惑かけんじゃねぇぞ。また連絡する】


そう返信してホーム画面に戻れば、この前の休みに出かけた夢の国ではしゃぐありすの笑顔。

いつも明るくて元気なありすに俺は癒されてる。



金曜までに風間が振ってきた案件を何とかして、土日はありすとゆっくりしてぇ。



新しい煙草に火をつけたところへ原田が電話をしながら入って来た。


「わり。やっぱ今夜は厳しいかも知んねぇな。……だよな……おう。…………仕方ねぇな。少しでもお前の顔を見てぇけどよ。……ばぁか。そんな訳ねぇっての。ここで眉間に皺寄せておっかねぇ顔してっから代わるか?……だろ?……じゃあな。また連絡する。……おう。お前もがんばれよ。……ああ。愛してるぜ」


俺がいることがわかってんのに、よくもまぁそんな台詞を臆面もなく言えるもんだと呆れるのを通り越して感心しちまうぜ。



話の向きからして、お互い残業で予定通りにはいかねぇらしい……まぁどこも同じみてぇだな。


「拗ねてんのか?」


「んなわけねーだろ。アイツだってこの年末の平日にヒマなわけねぇしよ。無理しねぇで週末会おうって提案してきたんだよ」


「そうかぁ?俺のこと言ってたじゃねぇかよ。疑われてんだろ?」


「違ぇよ!一緒に残業してる土方さんって若くて可愛くてまつげばっさばさのお嬢さんじゃないわよね、って茶化すからよ。つーか、拗ねられてんのはあんただろうが」


「何言ってやがる。ありすは聞き分けがいいからそんなワガママ言わねぇんだよ」


「一回しか会ったことねぇけどよ、可愛いしいい子だもんなぁ……アイツともしょっちゅうメールのやり取りしてるみてぇだ。年上への気遣いが絶妙だって褒めてたぜ」



先月オープンしたショッピングモールに出かけたとき、原田と原田の女に偶然会ってフードコートで一緒にメシを食った。

原田の女は原田と同い年だが、人見知りしねぇありすはすぐに仲良くなってメールアドレスを交換したりしてた。



「社会人の彼氏に振り回されてイヤにならねぇんだから、よっぽどアンタに惚れてんだな。可哀想に……同世代の男にしときゃあクリスマスにひとりぼっちなんてことねぇのによ!」


「うるせぇ!原田てめぇ……週末も出社してぇみてぇだなァ?」


「冗談!冗談だって!さて、仕事仕事!」




まったく……痛ぇとこ突いてきやがる。

そんなこと……俺が一番わかってんだよ。




ありすの笑顔を思い出しながら仕事に戻る。




山のように積まれている企画書の内容をチェックし付箋をつけて指示を出す。

原田や永倉あたりはまず問題ねぇが、それより下の奴等はまだまだ目が離せねぇ。

出来るだけ詳しい指示を付箋に書き込んでいく。




ようやく片付いて時計を見ると、22時をとうに過ぎていた。



ふと蘇るさっきの原田の言葉。



ありすに限ってまさかとは思うが、気になり出すとどうにもならねぇ。

コートとビジネスバッグを抱えて、俺は会社を出た。



ありすの友達の家がどこだかわからねぇし、酒も入ってんなら今夜はそこへ泊まるつもりかも知れねぇ。



とりあえずありすに連絡する。

スマホを操作して画面の中のありすの笑顔を見ながら通話ボタンに触れれば、すぐに聞こえるコール音。



だが、ありすは出ない。



何度掛け直しても留守電につながっちまう。


メールもLINEも……なんの反応もねぇ。

TwitterのDMにまでメッセージを入れる。



【どこにいる?大至急連絡くれ】



いつもならすぐに、明るく元気な声が俺の元に届くはずだってのに……

どうしちまったんだよ……



仕方なしに俺は、自分のマンションへと足を向けた。





寒さが身にしみる。

考えたくねぇことが俺の頭の中に浮かんでは消える。




本当にお千とかいう友達のところにいるのかわかんねぇよな。

直接電話して確かめたわけじゃねぇしよ。



ありすのことを疑ってるわけじゃねぇ。



俺に心配かけねぇように無理してついた嘘かもしれねぇ。

我儘言っちゃいけねぇとか、仕事の邪魔しちゃあいけねぇとか、気を遣わせてんのかもしれねぇな。



まったく……情けねぇよなぁ……



原田の言うとおりだ。

年の離れた社会人なんかと付き合ったって、大学生のありすには面白れぇことなんざひとつもねぇだろ。



理系のありすの周りには、将来有望な男が山のようにいるに違いねぇ。

仕事仕事で構ってやれねぇ俺なんかより、そっちの方がいいに決まってんだろうよ。



ありすにその気がなくたって、必死に言い寄ってくる野郎共のなかに少しでも気を許せるヤツがいたら……

メシくれぇ食いに行っちまうかも知れねぇな。




何度掛け直してもありすは電話に出ねぇし、連絡も寄越さねぇ。




すっかり凍えてしまった心と体を引きずって、部屋に戻った俺が電気をつけた途端。

目に飛び込んで来たのは、リビングのローテーブルの上に置かれたポインセチア。

自分の存在に気付いて欲しいと告げている。





俺はスマホとコートを掴んで、部屋を飛び出した。




終電ギリギリの時間だ。

まだ間に合うかも知れねぇ。




「ありすっ!」


改札の手前、人混みの中に見つけた細い肩。


『トシ…く……』


振り返ったありすは泣いていた。


「どうした!何かあったのか?どこか痛くしたのか!ありすっ!」


『トシくん……ちが……違うの!泣いてないよ!』


この期に及んでも、まだ強がって無理矢理笑おうとするありす。


「電話しても出ねぇし……心配すんじゃねえかよ。馬鹿やろうが……」




改めてありすを見てみれば、いつもより少し派手めな化粧と髪型。

実験の邪魔になるからと普段は何もしない爪も、夜でもわかるほどキラキラしている。




大学生のありすができる限りのお洒落をしたんだろう。




俺とは会えねぇことになってんだ。




まさか………な。

まさか他の男のために………




クリスマスにありすを放ったらかしといた自分のことは棚に上げ、何も言わねぇありすに苛々しちまう。




俺はありすの細い手首を掴んで、マンションに向かって歩き出した。

ありすは俯いたまま何も言わず、俺に引きずられるように小走りに着いてくる。




違う。




ありすに限ってそんなわけはねぇ。

ちゃんと話を聞いてやるんだ。

慌てるんじゃねぇ。




俺は必死に自分に言い聞かせた。




「お千とかいう友達んとこにいたんじゃねぇのか?スマホの電源落ちてんじゃねぇかよ……どうしたんだよ」



落ち着いて冷静に話そうとすればするほど低くなる声と、耳鳴りが聞こえてきそうなほどの静寂。



『………ごめ……なさ……』



ありすの小さな声が俺に許しを請う。



「謝らなくていいから、答えろ」

『………さみし…くて……でも……』

「今夜はずっとひとりでいたのか?」

『………うん………お千もデートで……』





埒のあかねぇやり取りに苛々した俺は、ついに禁忌を破っちまった。





「お前……まさかとは思うが……他のヤツと……」




思わず出ちまった俺の本音に、ありすは顔を上げ驚きの表情で俺を見つめる。

その綺麗な瞳からはらはらと涙が溢れる。



泣かすつもりじゃねぇのに……



抱きしめて慰めようと近付けば、後ずさるありす。




『ずっと……我慢してたの……ワガママ言っちゃいけないって……でももう……ムリ……疑われるなんて……こんなにトシくんのこと……好きなの……に……』




知らない男を見るような目に変わっていく。

笑顔のありすはもういない。




『帰る……もう……来ないから……さよな……ら……』




バッグから合鍵を出して、ポインセチアの隣に静かに置くありす。

その手首を掴んで、引き寄せきつく抱きしめる。



『離し……て……』



何やってんだよ……情けねぇ。



「そうじゃねぇんだ。俺は……不安なんだよ……お前がどこかへ行っちまいそうで心配なんだよ……」



ありすに顔を見られねぇように、頭に軽く手を添えて胸に押し付ける。

こんなだらしねぇ顔……七つも年下のありすに見せられねぇ。



「情けねぇな……ひでぇこと言って悪かった。もう来ないなんて言うんじゃねぇよ。ワガママだって言っていいんだからよ……ありす」



ありすは何も言わねぇ……



呆れられちまったのかも知れねぇが……このまま逃がすわけにはいかねぇんだよ。



「ありす……愛してる。ずっとそばにいてくれ……頼む」

ゆっくり顔を上げ、俺を不安そうに見つめるありす。

『いいの?トシくんのこと……好きでいて……いいの?』




その問いに答える代わりに俺は、ありすの唇に激しく喰いついた。


『トシくん……すき……トシく……ん……』




ありすの甘い声に我を忘れちまった俺だが、ハッキリ自覚した。



俺は自分が思っている以上に、ありすに惚れちまってるんだってことを。



ありすの笑顔を守ってやれるのは俺だけだ。


そのためなら何だってやってやる。





愛してる。

メリークリスマス………ありす。





fin.

*








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