◎ Poinsettia
Poinsettia
2014年12月24日 水曜日 19:00
道ゆく恋人たちは腕を組んで微笑みあって幸せそう。
こんなに寒いのに、全然感じてないみたい。
カフェの窓際の席に陣取って往来を眺めてる私は、寂しいおひとり様にしか見えないだろうな。
今年のクリスマスは平日だから、恋人のトシくんは当然お仕事。
きっと今この瞬間も、忙しく働いて頑張っているんだろうな。
スマホを取り出して、トシくんにクリスマスメールを送る。
【トシくんメリークリスマス♪ヽ(´▽`)ノ♪今夜もお仕事頑張ってる?私は予定どおりお千の部屋でチキン食べてるとこ〜(*^ω^)/♪シャンパンもすっごくおいし〜よ!土曜日トシくんに会えるの楽しみっ(*´艸`)トシくんに元気が出るおまじないあげるね!(*≧з≦)ノ⌒☆ちゅっ! 】
スマホのホーム画面には、トシくんがタバコを吸っている写真。
はあ……カッコよすぎて辛い………
トシくんからクリスマスは会えないって言われたのは、先月のこと。
珍しくトシくんから遊園地に誘ってもらって、敷地内にある直営ホテルに泊まった。
そのときに、24・25は仕事で会えないから週末にゆっくり会おうって言われた私は、笑顔でウソをついた。
『そうだね!うん、平気だよ!お千と女子会するから!私もラボミーティング入っててすっごく忙しいし、その方が助かる!』
トシくんはホッとした表情で私の頭を撫でてくれた。
これでいいの。
これで……いいの。
ぼんやりしている私の手の中でスマホが震える。
【ありがとよ。チキンもいいが、食い過ぎるなよ。酔っ払って友達に迷惑かけんじゃねぇぞ。また連絡する】
トシくんからのお返事は、顔文字もないし素っ気ないけど、気持ちはこもってる。
すごく嬉しい。
ウソついて良かった。
これでいいの。
21時。
私はトシくんのお部屋に向かう。
この日の為に買ったワンピース。
髪と化粧はお千と協力してお互いを綺麗にしあった。
ストーンが輝くネイルチップもキレイにつけたし。
ポインセチアの鉢植えを持って。
トシくんに会いたい。
その気持ちも一緒に抱えて。
トシくんのマンションへと向かった。
たった一目でいい。
顔を見られれば、それでよかった。
でも、言えなかった。
ワガママだってわかってるから。
『お食事とかプレゼントなんかいらないの。お部屋で待ってるから。どうしても会いたいの』
そんなこと言えない。
嫌われたくない。
疲れさせたくない。
どんなに淋しくても、私さえ我慢すればそれでいいんだから………
トシくんのマンションに辿りついて、預かっている合鍵でお部屋に入る。
何度もお邪魔しているけど、今日も髪の毛一本落ちてないしモデルルームみたい。
時間を確認すればもう22時。
夕方からずっと時間を潰していたせいで、スマホと私の体力はもう限界。
エアコンもつけずに、リビングのラグの上に座る。
持って来たポインセチアの赤い葉を見ながらぼんやり考える。
合鍵を渡してくれてるってことは、私を信用してくれてるってことだと思う。
照れ屋のトシくんは自分の気持ちを言葉で伝えてくれることはほとんどない。
好かれて……いると思う。
だけど、これから先のことはわからない。
トシくんの気持ちもお仕事もどんどん変わっていく。
商社で働くトシくんはエリートコースに乗って海外への転勤もあるかもしれない。
『いってらっしゃい!頑張ってね!』って笑顔で言えるかな?
転勤はなくても、忙しくて会えなくなるかもしれない。
デートの約束をドタキャンされても、笑って許し続けなきゃならないのかな?
そしていつか「お前はもういらない」って言われるときも。
やっぱり笑顔で『さよなら』って言わなくちゃいけないのかな………?
トシくん……おしえて。
スマホのバッテリーと私の我慢……その両方の限界を告げる音がした。
終電まであと少し。
トシくんは帰って来ない。
私は小さくため息をついて、トシくんの部屋を出た。
とぼとぼと歩く駅までの道。
すごく……すごく寒い。
トシくんと私は……住む世界が違うのかな?
原田さんと彼女さんみたいに……
お互いを理解して尊敬しあって支えあって。
私がトシくんと同じ年だったら。
あんなふうに幸せになれたのかな?
泣いちゃだめ………
子供みたいに泣いちゃだめ……
なにもかも全部我慢すればいい。
トシくんにはウソをつけばいい。
傷ついてないフリをすればいい。
そうすれば……いつか必ず来る「そのとき」までは。
恋人のままでいられるから。
「ありすっ!」
突然聞こえた大好きな声に振り返る。
『トシ…く……』
びっくりして動けない。
「どうした!何かあったのか?どこか痛くしたのか!ありすっ!」
大声で私の無事を確認してくれるトシくん。
『トシくん……ちが……違うの!泣いてないよ!』
だめ!泣いちゃだめ!
ウソが………ウソがバレちゃう!
「電話しても出ねぇし……心配すんじゃねえかよ。馬鹿やろうが……」
トシくんはイライラしてる。
ううん……これは……怒ってる。
トシくんは私の手首を掴んで、マンションに向かって歩き出す。
怖い……怒ってる……どうしよう。
引きずられるようにお部屋に入れられた私は、これから言われることが怖くて顔を上げられない。
「お千とかいう友達んとこにいたんじゃねぇのか?スマホの電源落ちてんじゃねぇかよ……どうしたんだよ」
トシくんの低い声。
どうしよう……嫌われちゃう!
『………ごめ……なさ……』
あやまらなくちゃ……
許してもらわなくちゃ……
「謝らなくていいから、答えろ」
『………さみし…くて……でも……』
「今夜はずっとひとりでいたのか?」
『………うん………お千もデートで……』
私のウソがバレる。
私の本音が漏れる。
「お前……まさかとは思うが……他のヤツと……」
ほ か の や つ ?
その言葉を聞いた時。
もう……ダメだってわかった。
トシくんは疑っている。
他のひとと……
私がそういうことが出来る女だって思ってるんだ……
もう……涙を我慢することすら出来ない。
トシくんが近づいてくる。
やめて……触らないで……
もう……隠せない……もう……ダメ……
『ずっと……我慢してたの……ワガママ言っちゃいけないって……でももう……ムリ……疑われるなんて……こんなにトシくんのこと……好きなの……に……』
こんなこと言ったら、嫌われる。
でも……もう……笑えない。
もう会えない……
ちゃんとお別れを……しなくちゃ……
『帰る……もう……来ないから……さよな……ら……』
ポインセチアの隣に、預かっていた合鍵を置いた私を抱きしめるトシくん。
『離し……て……』
どうして……こんなことするんだろう。
どうして……こんな残酷なことするの?
諦められなくなっちゃうのに。
冷たく突き放せばいいのに。
「そうじゃねぇんだ。俺は……不安なんだよ……お前がどこかへ行っちまいそうで心配なんだよ……」
トシくんの声が震えてる……
どこかへ行きそう?……私が?
「情けねぇな……ひでぇこと言って悪かった。もう来ないなんて言うんじゃねぇよ。ワガママだって言っていいんだからよ……ありす」
ワガママ言っていい?
トシくんの心臓がすごい速さで鳴っている。
「ありす……愛してる。ずっとそばにいてくれ……頼む」
信じられない言葉にゆっくり顔を上げれば、そこにはトシくんの困った顔。
『いいの?トシくんのこと……好きでいて……いいの?』
嬉しくて素直な気持ちを言葉にすれば、トシくんが苦しいくらいのキスをくれる。
『トシくん……すき……トシく……ん……』
言葉にしきれないトシくんの気持ちが、触れた唇から伝わってくる。
ううん……違う。
言葉の代わりにキスで伝えてくれてる。
初めてトシくんの本音を聞けたような気がした。
初めてトシくんに本音を言えたような気がした。
私は私のままでいればいいって。
心のままにトシくんを求めていいんだって。
無理しなくていいんだって。
トシくんが教えてくれた。
嬉しい。
ありのままの私でいていいんだよね?
すごく……嬉しい!
愛してます。
メリークリスマス………トシくん。
fin.
*
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