◎ 寒いのは冬のせい
「いたいた、沖田くん。」
12月25日。薄桜学園は明日から冬休みに突入する。
今年最後の授業を終え、大量の宿題を抱えながらも、生徒たちは軽やかな足取りでそれぞれの帰路に着いた。
休み中も部活がある人、勉学に勤しむ人。冬休みの過ごし方は人それぞれだ。
「今年最後だもん...一緒に....。」
高校生になってできた、初彼。
想像していたより恋ってすごく複雑で、難しい。恋人って特別な関係な程、その距離をどう詰めていったらいいのか分からなくなる。
倦怠期とは少し違う、マンネリ化。
足元に転がってきた、赤茶のボール。
私はそれを持ち上げると、沖田くんに向かって大きく投げた。
「バスケなんて、珍しいね。」
剣道部に所属する彼には少し似合わない組み合わせだ。
ボールを受け取った沖田くんはそのままゴールめがけてシュートを放つ。
グラウンドの隅っこにそびえ立ったゴールネットが、小さく揺れた。
「ごめん、何か言った?」
「あ、うん。一緒に帰らないかなっ…て。」
「うん、帰ろう。でももうちょっと付き合って。」
沖田くんは、なんでも器用にこなす。
こうやって剣道以外のスポーツだってそうだし、それは恋愛においても、多分そうだと思う。
だから余計にわからないのだ。恋人になって、その後はどっちに進んだらいい?
バスケットボールが弾む、独特の音が響く。
しゅっ、と空気を切った音がしたと思ったら再びボールはゴールネットに吸い込まれていった。
私は黙ってその姿を眺めたままだ。
今日はクリスマスだね、そう言いかけた言葉を私は飲み込んだ。
なんだか私一人が舞い上がっているみたいで、「こいつも所詮はイベント好きの女なんだ」なんて思われるのが嫌だったから。
「ねぇ、今日時間ある?」
沖田くんが本日何度目かのシュートを決めた。そして私の方を見て、そう尋ねた。
その振り向き様がかっこよくて、もはや私の心にダンクシュート。
「うん、大丈夫だよ。どこか寄って帰る?」
「何言ってるの。君が、クリスマスっぽいことしたいんでしょ?」
「あっ、その……。」
ここで「うん」って言ったら、沖田くんはどう思うかな。
「ダメだよ、ちゃんと僕に甘えなきゃ。君と僕は、恋人なんだから。」
ゴールネットを通り抜けたボールは、そのまま沖田くんの手に渡ることなく、地面に墜落した。鈍い音がした。
「君の顔に、僕とクリスマスっぽいことしたいですって書いてある。」
意地悪ばっかり言うけど、沖田くんは優しい。ほらこうやって、私の乱れたマフラーを直してくれる。
「イベント好きの女の子って面倒だって、雑誌に書いてあったから…、正直言いにくかったんだけど。」
「僕の心より、雑誌に書いてあるようなことを信じるの?確かに面倒だけどさ。」
沖田くんの正直すぎる本音に、私は項垂れた。
近くの公民館から聞こえる、夕焼け小焼けのリズムが時刻を知らせた。
冬は本当に早く日が暮れる。まるでそれは時間感覚を狂わすくらい。
沖田くんが、自分のエナメルバッグを持ち上げた。脱ぎ捨てたコートを羽織り、手袋をつける。
ふーっと自分の手に息を吹きかければ、白い息が舞い上がった。
「それじゃ、行こうよ。駅前のイルミネーションで、いいかな?」
「え、面倒なんでしょ?いいよ、無理しないで。」
なんだかちょっとだけムキになって、沖田くんの誘いを断った。ポッケに手を突っ込んで、足元の小石を蹴る。
そんな私を、沖田くんは小さく笑った。
つけたばかりの手袋を再び外し、無造作にバッグに突っ込む。チョコレートの包み紙が、一枚落ちた。
「君となら、面倒な事もしたいと思うよ?」
私のポケットに入り込んできた、沖田くんの大きな手。そしてしっかりと、私の指と自分の指を絡ませた。
「君が何にも言わないと、このまま僕たち自然消滅しそうだけど、それでもいいの?」
「ちょっと、私のせい?」
「僕はまだ、君と一緒にいたいんだけど。」
一緒にいれたら、僕は何でもするよ。
沖田くんの言葉に、抗う気持ちもなくなった。沖田くんに嫌われたくなくて知ることのなかった、甘える気持ち。このままずっと気付けなかったら、一生彼を失うかもしれなかった。
「それで、君はどうしたい?」
耳打ちするかのように、そっと紡がれた言葉。
私も沖田くんと一緒なら、実際クリスマスなんて気にもならない気もするけど。
「沖田くんと、クリスマスを過ごしたいです…。」
「よくできました。」
頬に沖田くんの唇が落とされる。
ひんやりと冷え切った頬に、一瞬の暖かさが宿る。
冷たい風が吹いた。
もしかすると、こんな風が私たちの関係を後押ししてくれるのかもしれない。
寒いのは冬のせい
(君が暖かすぎるから)
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