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 バタフライ・ノット





蝦夷の地で、新政府軍との最後の戦いの最中、
私と土方歳三は、味方の援護に向かう途中、銃弾に倒れた。

撃たれた衝撃で派手に落馬した私たちは、あまりの痛みに声すら出なかった。
彼がかばってくれたのであろうか。
私に銃弾は当たらなかった。一方で、彼は腹部からの出血が止まらなかった。

落馬の衝撃は、私の体にも大きなダメージを与えていた。
吐血が止まらない。きっと色んな臓器がつぶれているのだろう。力も入らなかった。
それでもありったけの力を振り絞って、木陰に逃げ込んだ。


そこにあったのは、堂々と咲き誇る、桜の木々だった。


**********


幕末という激動の時代に翻弄されて、新選組は蝦夷の地にたどりついた。
新選組、いや正しくは土方歳三という男と数少ない彼の部下と。
そしてその土方歳三に選ばれた、彼にとっての最後の女性である、自分である。

京の時代から彼とは行動を共にしていたけれど、
思いが通じ合ったのは蝦夷に辿り着いてからだった。


雪も溶けた5月のある日、彼はぽつりとつぶやいた。
「ありすは、運命とやらを、信じるか」と。

「信じます、と申し上げたら、どうなさいますか?」

彼は少し困った顔をした。

「新政府軍との戦いは、仕掛けてくるなら明日だろう。」

「はい。」

「ありすは一緒に来るか。」

「もちろんです。この期に及んで遠慮なさらないでください。」

小さなため息が聞こえた。
命の保証はない、どちらかに今生の別れがやってくることだってある。
彼はその覚悟ができていないようにも見えた。
自分がいなかったら、もっと潔く覚悟できたのだろうか。
それともそれを望んだのか。

「俺とありす、出会う時代が違ったら、どんなによかったか。それだけが悔しい。」

「それは土方さんが、もっと早く素直になってくださればよかっただけです。」

「ったく、言うようになったじゃねーか。」

暖かな微笑み。
それ以上彼は私に問い詰めなかった。
その代り、彼の唇がそっと私の唇に、落とされた。

素直じゃない不器用彼なりの、精いっぱいの意思表示。

私はゆっくりと、それを受け入れた。

**********



「昨晩、...運命というものを、信じるか、と聞いたな...。」

苦しそうに腹部を抑えながら、彼が聞いた。
この出血量では、彼の命はもうないだろう。変若水の力をもってもどうすることもできない。再生が間に合っていないのだ。

私は内部から全身を焼かれるような痛みに耐えていた。
小さくこくり、と頷くと頬にかすかな体温を感じた。
彼の手が、私の頬をやさしく包み込む。

「俺は、な。そんな運命なんてもん、...信じていなかった。」

おそらく、嘘ではないだろう。
文字通り彼は、自分で自分と新選組の未来を切り開いてきたからだ。

「...今は、信じて、いらっしゃるのです、か。」

声を出せば、私は大きく咳き込んだ。
真っ赤な血が、音を立てて吐き出された。私の命もここで尽きるだろう。

「ありすと出会うことが、運命だと...思うようになった。」

新選組という男社会に偶然が重なって、出入りを許されたこと。
多くの仲間の死を近くで見届けるのを共にしたこと。
最後まで死に場所を求めて彼と北上し続けたこと。

それでも、あなたの傍にいたいと、彼に懇願したこと。

どうやら最期に彼は、自分と巡り合うことが運命だと悟ったらしい。
私ははなっから、そのつもりだったのに。


しばらくの沈黙が続いた。
私たちの周囲の血の海に、はらはらと桜が舞い散る。
そのたびに私たちの呼吸の音は小さくなっていった。

瞼が重たく感じられ、気を抜いたら永遠の眠りに落ちてしまいそうになったとき
彼がふと身を起こした。

こちらのほうへ近づき

そっと、血の味がする口づけを落とした。
私はそれに応えようと、彼の漆黒の髪に指を通す。

「ありすと出会うことが運命ならば、...俺はそれを信じる。」

だから、と彼は言葉を紡いだ。

「何度だって、見つけてやるよ、.....ありすのこと。」

「見つけ、られる自信のほどは...?」

彼は呆れたように微笑んで、そんなに頼りないのか、とつぶやいた。

「なら、わかりやすいように、この桜の下にでも、待ってろ。」

急速に体温が下がっていくのを感じた。
視界がぼやける。音が遠くに感じられた。

「必ず、.....ありすを見つけ出す。何度、生まれ変わっても、な。」

「土方さんのこと、心よりお待ち申し上げます。」

その刹那、私たちは何十年と続けてきた鼓動を止めた。



**********


北海道の春は遅い。

ゴールデンウィークが明けた後、北海道ではお花見をする。

「.....ありすもまったくバカだねぇ。ほんとっ。」

大きな桜の木の下で、気の知れた友人たちと花見の席を囲む。
というか、数えきれない何度目かの私の失恋パーティなのだけど。

「K君は二股、相手がアイドルならかなわないよなぁ。H君は草食過ぎて自然消滅。
んで、今度はどんな武勇伝つくってきたわけ?」

「......ゲイの両刀使いでした。」

本命相手の彼女が男なら、女の私に勝ち目はない。
だってむこうは性別を超えているのだから。それこそ真実の愛である。

「そろそろさ、結婚しないとやばいじゃん。この際ガチにいこうよ。街コンとか。」

「私は自然な形で出会いたいの!!!」

クーラーボックスからぬるいチューハイを取り出して、一気にあおった。
今日はヤケ酒だい!!もう一軒でもなんでもいくぞ!!!

「てかさ、やっぱり結婚で人生変わるよね。こうさ、相性とか面倒じゃん。」
「わかるー!考えるの面倒だし、実際。こうさ運命の相手とかって、ぱっとあらわれないかなー?運命なんだから。」
「(運命の、人.....)」

何度か夢に見たことがある。
綺麗な目鼻立ちの男性と、横たわっている自分。
その人は私を、運命の人だと言った。
そうちょううど、こんな桜の下で。

「ねぇ、あそこの人。超絶イケメンじゃない?」

友人が指をさした先には、一つの影がさまよっていた。
スラリとした長身、漆黒の美しい髪を風にたなびかせ、なんだか小走りしている。
このお花見スポットは私たちの秘密基地。
どうして、それもたった一人で迷い込んだのか、その見た目も手伝って、
かなり目立っていた。




「俺は、な。そんな運命なんてもん、...信じていなかった。」

おそらく、嘘ではないだろう。
文字通り彼は、自分で自分と新選組の未来を切り開いてきたからだ。

「...今は、信じて、いらっしゃるのです、か。」

声を出せば、私は大きく咳き込んだ。
真っ赤な血が、音を立てて吐き出された。私の命もここで尽きるだろう。

「ありすと出会うことが、運命だと...思うようになった。」







「....ひじ、かた、さん?」

私の口から無意識にこぼれた、名前。

「え、、ありす、あのイケメン君と知り合いなの?」

友人の声は聞こえなかった。
彼の方向へ、足が走り出す。なんだか勝手に体が動いてしまう。






「ありすが運命ならば、...俺はそれを信じる。」

だから、と彼は言葉を紡いだ。

「何度だって、見つけてやるよ、.....ありすのこと。」

「見つけ、られる自信のほどは...?」

彼は呆れたように微笑んで、そんなに頼りないのか、とつぶやいた。

「なら、わかりやすいように、この桜の下にでも、待ってろ。」








頭の中で、あの夢がこだまする。
彼を私は知っている。
おそらく彼も、私を知っている。


ねぇ、どのくらいの間私を探してくれた?

あなたのこと私、忘れてないわ!



彼は大きく手を広げて待っていた。
私は迷わず、その逞しい腕の中に飛び込む。


「.....やっと、会えた。」

どうしてか涙が止まらなくて。
彼の鼓動を聞いたら嬉しくて仕方なくて。
あぁ私たち生きているんだって、なんだかすごく思えてきて。








桜がふわり、と舞う。













「だから言ったろ、何度でも見つけるって。」



何百年の時を経て、再び交わす口づけ。
顔を話せば、得意げに彼が笑っていた。







暖かい春の風が、桜をふわりと舞い上げた。



バタフライ・ノット
(死に際の桜は美しかった)







end











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